ぎゅっ…と、して? 第1話 厄介すぎる『力』

ぎゅっ…と、して? 第1話 厄介すぎる『力』

ぎゅっ…と、して? 第1話 厄介すぎる『力』

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「今日はいつも以上に落ちこんでるけど、大丈夫か〜?」

 

本当に心配しているのかどうか疑問な口調の問いかけが、少し離れたところから聞こえる。相手にするのも面倒だと思いながら、でも誰かに愚痴を聴いてほしいと思い直して、ティオはゆっくりと伏せていた顔を上げた。

 

後ろ向きに座って、前の自分の机に背をあずけているのが、さっきの声の主のジョアだ。声色通りののほほんとした表情で、「どうした?」と顔で訊いてくる。こうして、自分の悩みを察してくれる唯一の友人が前の席でよかった、といつもティオは思っていたが、それも明日まで、だ。

 

「……コルトに彼女ができた」

 

ぼそぼそとした声も、ジョアの耳にはしっかり聞こえたらしい。瞠目するとともに、やるじゃないか、といった顔で数度頷いた。

 

「とうとう二歳下の弟に、先を越されたか〜。うわ〜、おまえ、どうするの?」

 

「それはっ、こっちが聞きたいよ!」

 

神経を逆なでする問いに、ティオは睨みつけながら言葉をぶつける。「どうするの?」なんて、もう聞きたくもないくらい何度も聞いてきた。自分だって目いっぱい努力はしてきたんだ。それなのに、全然報われなかった。明日はもう卒業式なのに、こればかりは仕方ない、とは割り切れない。

 

「ジョアはいいよな、三日後には結婚式だもんね」

 

「にひっ」

 

途端に顔をにやつかせる相手を、ティオは苦々しい思いでにらんで、ふっと溜め息を吐いた。視線をずらして、休み時間に談笑するまわりの級友を眺める。ここにいる全員、卒業式の後、十日以内に結婚する者ばかりだ。

 

── ただ一人、ティオを除いては。

 

「コルトも真面目そうだし、二年後には所帯を持つだろうな。まあ、おまえも落ちこむなよ。おまえの父さん、結婚が遅かったんだろ? 焦らないで母親みたいな人、見つけた方がいいって」

 

その台詞も何度も聞いた、と思いながら、ティオは頬杖をついて、窓の外に目をやった。確かに、十八歳で結婚するこのクィンタニア王国で、父親の二十三歳での結婚は遅い。いや、遅すぎるくらいだ。そのせいで、まわりからはずいぶんと白い目で見られただろう。

 

(父さんは、その辺の苦労話はしないけど……)

 

息子の自分から見ても、両親は理想のカップルだ。自分もこんなあたたかい家庭が欲しい、と切実に願っている。だが、ティオの場合、普通に手に入るそんなささやかな幸せが、手の届かないほど遠くにあるのだ。

 

父親から受け継いだ『力』のせいで ──。

 

このまま一生、一人ぼっちではいたくない。そう思って、六歳の頃から十八歳の今まで、必死に結婚相手を探してきた。最初は、「好き」という感情で相手を探していたが、それが叶わないと早々に気づくと、とにかく片っ端から相手に近づく作戦に変更した。そうでもしないと、運命の相手に出会えない危機感があったから。だが、そうした努力もことごとく失敗した。

 

『ティオって顔も綺麗だし、優しいけど、痛いから無理よ』

 

ごめんね、と手の届かないところにいる相手を、どれだけ恨めしい気持ちで見つめたことか。

 

(この忌々しい『力』さえなければ)

 

冬の冴え冴えとした青空を見上げて、ティオは何度目かの溜め息を深く吐いた。

 

 

 

ここクィンタニア王国は、様々な特殊な能力を持った一族が暮らしている多民族国家だ。

 

外見も一族によって違うので、だいたいは見ればどの一族に属しているのかが一目でわかる。ティオの同級生も全種族がいるので、見回すと個性的な面々が勢ぞろいしていた。

 

茶色い瞳にこげ茶の髪で、がっしりした体格のツチ(土)族。

 

蒼色の瞳に青みがかった銀髪で、柔らかな物腰のスイ(水)族。

 

翠の瞳に栗色の髪で、中肉中背なロク(緑)族。

 

水色の瞳に白に近い金髪で、線の細いフウ(風)族。

 

オレンジ色の瞳に赤毛で、すらりとした姿のエン(炎)族。

 

と、扱う『力』が強い者ほど、その特徴が色濃く出る。ほとんどが同族結婚だが、違う一族と結婚した場合、『力』の強い男の方の一族の外見を持つ子供が生まれる。ただ、混血はどうしても受け継ぐ『力』が劣るため、違う一族との結婚はあまり歓迎されない傾向にあった。だが、歓迎されないだけで、「あり」なのだ。

 

それぞれの一族のこの国の人口比率は、ツチ族が多く、スイ族、ロク族、フウ族、エン族と少なくなるが、その差は問題にするほどではない。だが、ティオのライ(雷)族は、この国でティオの一家だけという希少性の高い一族だった。その『力』と数の少なさゆえ、各国が喉から手が出るほど欲しがる存在で、ティオの父グィートも国王のお抱え治療師となっている。その地位は、グィートの生きている間は保障されていた。

 

後継は、ティオかコルトに期待されていて、どちらかというと、『力』の強いティオが有力視されているが、一人前になって『力』を認められればどちらかが選ばれるのだろう。そのためにも、結婚は切実な問題なのだが、いかんせん同族が国内にいないという不利な状況。父のグィートが晩婚だったのは、そんな背景があった。自ら国外に花嫁探しの旅に出て、ようやく見つけたのが母のエファだ。

 

エファはライ族ではない。女性は得てして『力』が弱いので、相性さえ合えば、どの一族でも結婚は可能なのだ。なので、スイ族の彼女と出会えたコルトは、非常に幸運といえるだろう。しかも、卒業までまだ二年も残してまとまるなんて、うらやましいとしか言いようがない。

 

(コルトくらいの『力』なら……)

 

考えても仕方ないことを思って、ティオは目を閉じた。

 

コルトの『力』は、格段に低い。反して、ティオの『力』は父親譲りで強力だ。他の者を、自分に近づけさせないほどに。若き日のグィートと今のティオの悩みは、そこにあった。

 

その強すぎる『力』のせいで、他人と触れ合うことができないのだ。

 

他人が手の届く範囲に近づいたら、まずは肌にぴりぴりとした痛みが生じる。それ以上近づこうものなら、相手との間にバチバチッと派手な音と閃光が走るのだ。それは、強すぎる時は相手に怪我を負わせるほどのものとなり、自分の身にも脂汗が出るほどの痛みを感じさせる、まさに厄介な『力』だった。

 

そのせいで、『力』が発現した六歳からこちら、ティオは家族との抱擁から、誰かと接触の必要のあるダンスや運動などとは一切無縁の生活となってしまった。他人と触れ合えないというのは、同じ血を持つ肉親とて例外ではなく、『力』が発現したばかりの幼い頃は、母親のぬくもりが恋しくてたまらなかった。

 

その時のはがゆい思いは、今でもまだ引きずっている。誰かと触れ合いたい、という渇望として。

 

(人のぬくもりってどんな感じだったっけ)

 

その感触を忘れて久しく、もう思い出せないのが寂しくてたまらないのだった。弟のコルトは、『力』が弱いので、他人と触れ合ったところが痺れる程度だが、やはりティオとは触れ合うことはできない。コルトの場合は、スイ族の彼女と結婚することで『力』が増すタイプだろう。それも、ティオが結婚を強く意識せざるを得ない理由だ。

 

結婚による『力』の制御。

 

これは、ティオに限らず、『力』を持つすべての者の望むものだ。子供の頃に発現した『力』は、年齢とともに強さを増すものだが、発現が不安定で一人前になるまで御せないのが普通である。その間、学校で基礎的な学習をして知識を蓄え、卒業する十八歳とともに結婚し、同じ一族の師匠について実践の修行に入る。そうして一人前になれるのは、早くても五、六年はかかるのだ。

 

結婚が遅れれば、父親のように修行自体が遅れることになる。コルトに先を越されることにもなるだろう。国王のお抱え治療師の地位は、コルトに譲ってもかまわないが、独り立ちできないのは困る。両親もいずれは先にいなくなるのだし、コルトに一生世話になるわけにもいかない。その二つの理由で、皆より先に相手探しをしていたのだが、とうとう学生の身で相手を見つけることができなかった。

 

これでは、ほぼ絶望的だ ──。

 

どの女子だって、将来性のある相手を卒業までには見つけようと必死だ。まれに男性顔負けの『力』を持つ女性がいて、生涯独身を貫く者はいなくもない。だが、それ以外は「売れ残り」と言われて指を指されるのは、当然屈辱的なのである。なので、ここにいる女子すべては、婚約者ありで望みはない。もう国中を探していなければ、父親のように旅に出るしか選択肢はないだろう。

 

「おまえが同族でなくて、良かったぜ〜。その『力』でその外見じゃ、俺があぶれるところだったからな〜」と、ジョアに言わしめたくらいなので、ティオも自分は花婿候補として、そう悪くもないだろうと思っている。

 

唯一行動を共にしてきたジョアは、エン族でも『力』の強い一族に属し、将来に期待もされているし、男ぶりもよく、もてるタイプだ。やや小麦色の肌に赤毛の彼は目立つ存在だが、近くにいるティオにも注がれる視線は多い。ジョアとは正反対な外見が、際立って見えるのだろう。遠巻きにだが、よく噂をされている自覚があった。

 

『力』が強いほど、その一族の外見が色濃く出る、というのは、ティオにも当てはまっていた。肌の色は白くも黒くもなく普通だが、光の当たり具合で七色に光る髪は、緩やかに流れて、毛先が風になびくかのようにふわりと跳ねている。一見無造作に見える髪形も、髪の流れでまとまって見え、気品のある王子様のような雰囲気を出していた。形の良い細眉は少しばかり意志の強さを垣間見せるが、やや目尻の上がった涼やかな目には、宝石のような紫色の瞳が輝いている。ただひとつ、背の高さが他の者より低いのを気にはしているが、それでも女子よりは高い。

 

「『力』さえ弱けりゃ、申し分ないのになあ」が、すっかりジョアの口癖となっていた。

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