荒野の果てに嫁ぐもの 第1話 決意

荒野の果てに嫁ぐもの 第1話 決意

荒野の果てに嫁ぐもの 第1話 決意

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ガタガタと二頭立ての馬車の列が、勾配のきつい坂を駆け上がって行く。緑の少ない赤茶けた渓谷に、馬車の後を追いかける土煙がたなびき、車輪に弾かれた小石が、からからと乾いた音を立てながら、深い谷底へと転がり落ちていく。

 

時刻は、もうすぐ真上に陽が昇ろうかという頃だ。

 

前後に二輌ずつの幌馬車を従えた品のある箱馬車に乗っているのは、ただ一人。

 

俯いた顔を上げ、えんじ色のカーテンのかかった窓から外に目を遣ると、白いヴェール越しにどこまで行っても代わり映えのしない風景が広がっていた。遠くを見つめるその表情は青ざめ、緊張の色が隠せない。

 

どの辺りまで行けるだろうか……。

 

案じているのは、自分のことではなかった。昨夜、宿場で別れた自分の主であるファビウス家の一人娘、アレジアの行く先のことだ。

 

恋仲にあった馬番のバートラムとの駆け落ちに協力すべく、彼女の身代わりを引き受けてここにいるのが彼、リシルだった。

 

もちろん男の身で貴族のお嬢様の身代わりが務まるなんて、端っから思ってはいない。ただ、隣国へと逃れる彼女達の時間稼ぎになればそれでいい。彼女の父であるファビウス候の怒りを買うことは元より、これから向かっている城の主に殺されても構わないという覚悟で引き受けた茶番だった。

 

こんな自分の姿が、役に立つ日が来るとは思わなかったけど。

 

細身のリシルは、同い年のアレジアより若干背が高いくらいで、ふんだんにレースの使われているこのドレスでは露出度も少なく、遠目にはごまかしが利くだろう。

 

「まるで姉弟のようね」とアレジアが一目見て気に入っていたくらい、リシルの顔はアレジアに似ているし、ハニーブロンドの長い髪と翠色の瞳もファビウス家の一族にそっくりだが、使用人の身であるリシルは、当然ファビウス家との血縁関係はない。

 

八歳の時に、孤児院の慰問に来ていたアレジアの口添えでファビウス候に引き取られてから、ずっとアレジアの身の回りの世話をしてきたリシルだったが、彼女は命を助けられた恩人とも言える人だ。

 

六年前、二人が十二歳の時に国中に奇病が流行し、不幸にもその病に倒れたリシルを救ってくれたのがアレジアだった。どの薬が効くともわからない混乱の中で、使用人の分際であれほど手厚い看護を受けたのは後にも先にもリシルだけだろう。

 

それも必死になって、ファビウス候に手当てを頼んだアレジアのおかげだった。あの時に死んでもおかしくなかったリシルだったが、幸いにも左足の後遺症だけで奇跡的に命は取り留めて、今ようやく恩返しができる機会が訪れようとしていた。

 

救われたこの命が役に立つのであれば、身分に関係なく、家族のように自分を迎え入れてくれたアレジアに報いるのに、なんの躊躇いもなかった。

 

愛する人と結ばれず、政略結婚で悲しむ姿は見たくない。

 

せめて、夕方まで時間が稼げれば……。

 

馬車の到着が少しでも遅れてくれればいいのに、と思いながら、リシルは深い溜息を吐いた。

 

 

 

 

春の陽光の下、南に向かう坂道は、天へと延びるかのように延々と続いている。赤茶けた土のところどころに申し訳程度の雑草が生えている断崖の際を馬車に揺られ進みながら、自分のこれからの身の振り方をリシルは考えていた。

 

自分が身代わりだとばれるまでの時間を、どうやって延ばせばいいのか。

 

協力を買って出たアレジア付きの侍女によって、リシルは淑女と称するにふさわしい姿に変貌していた。卵形の白い顔に似つかわしい細い眉、少し紅を差した頬に長い影を落とす睫毛、薄紅色の小ぶりな唇が控えめで可憐な清楚さを醸し出している。

 

その整った顔ときめ細やかな肌で、化粧を施す侍女の腕の見せ所がなかったくらいだ。元々線の細い体躯は、飾りの多い白のドレスで充分女性に見えるし、あまり目立たない喉仏もレースのついた襟でうまく隠されている。

 

難を一点挙げれば、アレジアより若干足の大きいリシルには、アレジアのヒールの高い靴が窮屈で踵が少し余ってしまうところだろう。馬車の中は一人なので、乗っている間は脱いでくつろぐこともできるが、実際に歩くとなるとやや不安が残る。

 

ゆっくり歩けば、どうにかなるだろうとは思ってはいるけど……。

 

いや、どうにかするしかないんだから。

 

リシルは弱気になりそうな気持ちを奮い立たせるように首を振ると、太腿の上に置いた両手をぎゅっと握りこんだ。

 

五台の馬車の御者には、誰一人として二人が入れ替わったことを伝えていない。秘密がばれるのを恐れるのと同時に、関係のない周りの者を巻き込みたくないという思いから、計画の段階から、そうすることにした。

 

ばれた時でも、自分一人で責任を負うことをリシルは決めている。自分に罰が下ろうと、他の者は知らぬ存ぜぬでシラを切り通せばファビウス家に戻されるだろう。

 

この計画を知っているのは、リシルと当の本人であるアレジア、彼女の駆け落ち相手のバートラム、そしてアレジアを慕う侍女の四人だけだ。

 

六台の馬車でファビウス家を後にした一行は、二日間の移動の末にたどり着いた国境の宿場で計画を実行した。

 

アレジア扮するリシルが急な食あたりを起こし、医者に連れて行くという名目でバートラムが馬車を操り、付き添いの侍女とともにそのまま東の隣国へと逃れる手はずとなっていた。

 

バートラムの故郷の町へと到着するには、少なくとも丸一日は欲しいところ。暗くなれば、城の主が追っ手を放つにも少なからず支障が出るだろう。

 

リシルは、日没まではどうかアレジアのフリをして役割を果たせるように、と呟いて祈り続けた。

 

 

 

それからしばらく経った頃。

 

高く昇った太陽は中天を過ぎ、そろそろ昼食時かという頃だが、馬車の車輪が止まる気配はない。どうやら目的地に近づいているようで、休まずにそのまま向かうらしい。

 

城の主は、どんな人だろうか…… 。

 

馬車の中には話し相手もおらず、自分が騙すべきまだ見ぬ相手のことをつらつらと考える。

 

アレジアの話によると、一行が向かっている城の主は、貴族で二十六歳の若き御曹司らしい。年の割には遅い縁談といえるが、その身分と財力で引く手あまたの申し込みがあるようだ。

 

が、にべもなく断られた話が多いと聞く。

 

その中にあって、今回のように縁談の段まで調ったのは初めてとのことで、ファビウス候も鼻高々といった様子だった。もちろん候も意気揚々と妻共々同席するはずだったが、アレジアのみ遣わして欲しいという相手の申し出があり、世間一般の常識からすれば変わっている条件だが、ファビウス候も二つ返事で了承したらしい。

 

そんな話を聞いて、リシルの中に僅かな好奇心が湧いたのは確か、だが。

 

相手がどんな人でも関係ない。どんな寛容な相手であっても、自分の仕掛ける行為は決して許されないだろう。

 

最悪の場合は、自分は…… 。

 

そう考えて、リシルは緩く首を振った。

 

今までファビウス候から受けた恩も仇で返すことになるが、リシル自身に迷いはない。双方を謀る責めは甘んじて受けるつもりで、アレジア達の行方を問いただされようものなら、自分の命すら惜しむまいと覚悟を決めていた。

 

六年前に救われた命は、きっとこのためだけにあるから。

 

天涯孤独の身で友人もなく、万が一の時に悲しむのはアレジアくらいだろうが、彼女にもそんな覚悟は話していない。隙を見て、必ず逃げ出す旨を約束していた。

 

悲壮な覚悟はおくびにも出さず。

 

最初で最後の嘘として。

 

自分の命に代えても、アレジア様の幸せは守ってみせる。

 

何度目かになる決意を再び胸に刻むと、挑むような瞳で前方を見据えるリシルだった。

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