荒野の果てに嫁ぐもの 第10話 無垢な癒し手

荒野の果てに嫁ぐもの 第10話 無垢な癒し手

荒野の果てに嫁ぐもの 第10話 無垢な癒し手

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きっとアルヴァー様のお人柄なんだろうな。

 

その地を統治する者によって、そこに住む住人も影響されるのだろう、とリシルは素直に思う。アルヴァーを始め、ディータやここの人達にあたたかい雰囲気を感じる。とても居心地の良い空気を。

 

それなのに、やむを得ない事情があったとはいえ、そんな人たちを謀ろうとした自分を恥じた。黙って俯いてしまったリシルの上に、覗きこむディータの影が落ちる。

 

「疲れましたか?」

 

「いえ、大丈夫です」

 

いけない、沈んだ顔を見せてはディータさんが心配する。

 

余計な気遣いをさせないように、とリシルは笑顔を作って、ディータを見上げた。

 

「では、まだ面白いところがありますよ。ご案内しましょうか」

 

「はい、お願いします」

 

これまでも充分に珍しいものを見てきた気がするが、そう言われると期待に気分が浮き上がる。そして、もっとここのことを知らなくては、と気持ちを切り替える。

 

自分にできることを見つけるために。

 

 

 

 

正直言って、真下を見るのが怖い。

 

峡谷から吹き上げてくる風に煽られるのもあるが、こんな危険な場所に来たのは初めてだ。

 

ここは敷地内の西の端で、大きく蛇行した渓谷の内側に当たる場所だ。遥か下に川の流れるかすかな音を聴きながら向かったのは、崖の一部が欠けたところ、とでもいうべきか。自然にできた裂け目と説明されたが、大きく口を開けた亀裂は下方の水面に達しようかというほど深い。

 

崖の上のリシル達のいるところから、人工的に作られた下り坂が、壁面を縫うように下へ下へと続いている。その途中には、入口と窓のような穴が無数に開いていて、数人の人が出入りをしていた。

 

「あれはなんですか?」

 

その穴を指差して尋ねるリシルに、「先人の居住跡ですよ。私達の祖先は、ここに住んでいたとされています」と、ディータが答える。

 

「こんなところに人が…」とリシルは感心したように呟く。

 

「地面の上にある城は、もっと後の時代になって造られたもので、元々はこの崖の下が居住地だったのです。一見すると、彼方からは何の変哲もない荒野に見えますから、敵の襲来も免れたのでしょう。最盛期には、ここで千人程が暮らしていたようです。今は、ほとんど都に移り住んでいますが」

 

「そうなんですか…」

 

感慨深げに覗きこむリシルの肩越しに、「あの植物がなんだかわかりますか?」とディータが訊いてくる。示した先には、崖の壁面にちょぼちょぼとへばりつく丸っこい草がある。これも穴の数以上の多さである。

 

よく見ようと、身を乗り出すリシルの脇をすり抜け、坂道を少し下ったディータが手近なところの草を摘んで手渡してくれた。

 

肉厚な濃い緑の葉と白い花。

 

「この香りは、…もしかして…?」

 

くん、と香りを嗅いだ手の中の草花から、左足へと視線を移すリシルに、「そうです。その薬草ですよ。“無垢な癒し手”と呼ばれています」と、ディータが教える。薬として長年使ってきたものだが、花が咲いているのを見るのは初めてだった。

 

「こんなに可愛い花が咲くんですね」

 

先の尖った白い花弁が6枚ついた小さな花は、それだけをつまんで鼻に近づけてみると独特な甘い香りがする。野性味溢れる葉とは対照的な香りと可憐さに、リシルの顔がほころんだ。

 

「昔は、人の手の届かない絶壁に自生していたので、手に入れることが難しい薬草でしたが、このように栽培ができるようになって、かなり安価に出回るようになったのです。これもアルヴァー様の功績のひとつですが」

 

「アルヴァー様の?」

 

「ええ、この居住跡を利用して薬草の栽培を始めてから、もう十数年になるでしょうか。今ではここの重要な収入源になっています」

 

そういえば、アルヴァー様もそんなことを言っていたような…。

 

「わたしが使っていた薬草も、ここで栽培されたものなんですね」

 

「そうですね、これはこの国特有の種のようですから」

 

掌の花を見ながら、不思議な縁だな、とリシルは思った。自分にとってはなくてはならないものがこの地にあって、偶然にも自分がここを訪れることになろうとは。

 

「花は干してお茶にすることもできます。紅茶に混ぜてお出ししたのですが」

 

わかりました?と言外に尋ねられて、リシルはあっと声を上げた。

 

「あの美味しい紅茶、この花の香りがしました。そう、か…」

 

だから、今まで飲んだことのない味だったんだ…、と納得がいった顔で、ディータを仰ぎ見る。

 

「後で、わたしも淹れてみていいですか?」

 

「ええ、もちろんですよ。アルヴァー様がお帰りになられたら、ぜひ淹れて差し上げて下さい」

 

「えっ」

 

どうして自分の考えていたことがわかったのだろう。難なく読まれた自分の思考が気恥ずかしくて、リシルは顔を伏せる。

 

その頬が熱いのは、照れくささか、それとも…。

 

「あなた様がアルヴァー様にされることなら、なんでも喜ばれると思いますから。それこそ有頂天になられるでしょうね。逆もまた然りなんですが。…ああ、そうそう」

 

なにかを思い出したように、くっくと笑うディータの話にリシルは首を傾げる。ディータが、なんだかとても楽しそうな顔をしているからだ。

 

「だいぶん昔のことですが、栽培するためにその薬草の株を取ろうとして、アルヴァー様が崖から転げ落ちまして、大怪我をしたことがあったのです。それで、気を失ってまで握り締めていたのが、鳥の糞で…」

 

話の内容にも目を丸くしたが、それを笑いながら語るディータの姿もずいぶん砕けた様子で意外に思える。

 

「あの頃から、あの方は一途な方でした」

 

ようやく笑いを納めたディータがしみじみと語るのに、リシルはじっと耳を傾ける。

 

「その車椅子は、その時に作らせたものなのです。足の骨を折っているのに、まだ崖を登るときかなくて、部屋に閉じこめるのに一苦労でした」

 

ふふっと笑うディータに、リシルは目を細めた。仕方がないといった口調の中に、気の置けない仲の良さがうかがえて、そんな関係をふとうらやましいと思ってしまったのだ。

 

きっと二人は、主従としての付き合いが長いのだろう。自分とアレジア様がそうだったように。

 

ぽつりとそう思うと、リシルの胸に寂しさがよぎる。だが、アレジアと離れてしまった今、ここで新たな関係を築いていくしかない。

 

ここでアルヴァー様と…。

 

早くここに馴染むためにも、もっとあの人のことを、ここのことを知らなくては。幸いにも、ここの住人には好意的に受け入れられているのだから。

 

リシルはそれだけが心のよりどころとばかりに、ディータの話に聴き入るのだった。

 

 

 

「あまり根を詰めないでくださいね。病み上がりのお身体ですので」

 

「はい。大丈夫です。おかげさまですっかり良くなりました。それに、こういうことは好きみたいで、楽しいですから」

 

頬に少し土をつけたリシルが微笑むと、すぐ脇で同じ作業をしていたディータが笑みを返してくる。二人は、西の塔に近い薬草の作業場で、薬草の苗を植えつける作業を手伝っていた。

 

この城は、東西南北にそれぞれ高い塔があり、リシルは北の塔の最上階の部屋を与えられている。足の腫れが引くまでの間は、ベッドの上でこの国の歴史書などを読んで過ごしていたが、元々じっとしていることがなかったリシルは、落ち着かない気持ちでいっぱいだった。

 

それで、数日経って歩けるようになってから、なにか手伝いをしたいと申し出て、興味のあった薬草に携わる作業を選んだのだった。

 

ここで扱う薬草は多種にわたり、植え付け方法も様々だ。それらを知るのも、実際にやってみるのもリシルには珍しくて楽しい。

 

作業の覚えがいいと周りの人にも褒められるが、ことある毎に「べっぴんさん」とか「綺麗な奥さん」などと言われるのは、どういう顔をしていいのか未だに戸惑う。

 

その度に「褒め言葉として受け取って、笑顔でいればいいんですよ」とディータは言うのだが。

 

天井が高く白い壁が光を反射して明るい作業場は、今はリシルとディータの二人きりだ。壁一面に作りつけられた作業棚を背に、広い木のテーブルに隣同士で座り、小さい鉢に薬草の苗を植えていく。

 

「そういえば、アルヴァー様はどんなお仕事をされているのですか?」

 

作業中に交わすディータとの会話は、貴重な情報源だ。どんな質問にも淀みなく答えてくれるので、リシルも尋ねやすい。今更だが、アルヴァーの仕事が気になって訊いてみた。

 

もしかしたら、自分にもなにか手伝えることがあるかもしれないという期待を持ちながら。

 

「そうですね…」

 

珍しく、ディータが思案顔で言い淀む。言葉を選んでいるような表情だ。

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