荒野の果てに嫁ぐもの 第11話 帰城

荒野の果てに嫁ぐもの 第11話 帰城

荒野の果てに嫁ぐもの 第11話 帰城

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訊いてはいけないことだったのだろうか、とリシルが心配になった頃、ようやく口を開いたディータは「それは直接お聴きになってはどうでしょうか」と言葉を濁した。そして、「休憩しましょう」と席を立ち、お茶の用意をしてきます、とお辞儀をして退室する。

 

その後姿を見送りながら、リシルはため息を吐いた。アルヴァーが都に出かけて、そろそろ一週間が経とうとしていた。

 

いつお帰りになるのだろうか…。

 

仕事で出ていると聞いているが、あの時のお礼を言えないままでいることが心苦しい。

 

それになんの仕事をしているのだろう? ディータの口からは、言えないこと…? それって、なんだろう…。

 

答えの出ない考えに耽りそうになって、リシルは首を振った。

 

本人に訊かなければわからないことを考えても仕方ないかも。お帰りになったら訊いてみよう。

 

うん、そうだ、と頷いて、まだ残っている鉢に苗を植える作業を再開していると、左手にことりとティーカップが置かれた。今日のお茶はハーブティーらしく、飲んだことのない新たな種類のようだ。

 

「ありがとうございます。ディー」と見上げると、そこにいたのはディータではなくて。

 

「…アルヴァー様?」

 

「すっかり元気そうだな」

 

トレイを片手に立っていたのは、久しぶりに見るアルヴァーだった。今まさに考えていた人が突然目の前に現れたのに驚いて、呆けたまま見上げてしまう。

 

すると、その相手は「ただいま」と身を屈めて、リシルの唇にちゅっとキスを仕掛けてきた。

 

「っ!!」

 

とっさに身を引いて口を両手で覆うリシルを、アルヴァーは面白そうに眺めて隣に腰を下ろす。初めて会った時と同じ存在感のある美丈夫ぶりはそのままに、
白い長衣が明るい室内の中で光を放つようで眩しい。

 

唐突な出来事に、リシルの鼓動が跳ね上がったまま止まらない。

 

「顔色も良さそうだし、歩けるようになったそうだな。痛みはもうないのか?」

 

「は、はい」

 

そう答えるのが精一杯で。

 

あれこれ言おうと思っていたことが、すべて抜け落ちて頭の中は真っ白だ。しかも、あの熱い視線で見られているのを感じて、アルヴァーの顔がまともに見れずに、長い睫毛を伏せてしまう。

 

リシルのまわりに緊張をはらんだ沈黙が落ちた。

 

この人には、いつもびっくりさせられる。今だってそうだ。

 

…まさか、またキスをされるなんて。

 

手の甲を唇に押しつけたリシルの頬が熱い。リシルを伴侶と決めたアルヴァーには一片の躊躇いがないようだが、それを受け入れきれていないリシルには荷が重い。

 

こうしていちいち反応して、動揺してしまうほどに。

 

緊張した喉はカラカラで、ティーカップに手を伸ばすが、肝心のお茶の味がよくわからない。熱いお茶をふうふう吹きながら飲み干すと、顔の赤みが増した気がした。

 

「顔が赤いが、また熱でも出たのか?」

 

大きな手が額に伸びてくるのを見て、リシルは慌てたようにガタン!と椅子を鳴らして立ち上がった。

 

「い、いえ! ここはちょっと暑いみたいですね。なにか、冷たいものでも作ってきます!」

 

アルヴァーの返事も待たずに歩き出すと、作業場を出て西の塔の厨房へと向かう。左足を引きずりながらなのでそう早くは歩けないが、ほどなく目当ての出入り口へとたどり着いた。

 

開け放たれた扉の向こうに、ディータの姿を見つけてほっとする。テーブルについて、彼も一人でティータイムと、一息ついているようだ。慌てて入ってきたリシルに気づいて、訝しげに腰を上げる。

 

「リシル様、どうされました?」

 

「アルヴァー様が帰ってきました!」

 

勢いこんでリシルが言うのを、ディータは笑って受け止める。

 

「ええ、つい先ほどお帰りになられましたね。ちょうどお茶の用意ができていたので、ご自分で持っていかれるとおっしゃって」

 

「今日お帰りになるなんて知らなくて…。その…、びっくりしてしまって」

 

「私も存じ上げませんでしたから。十日くらいかかると思っていましたが、早めに切り上げて帰ってこられたのでしょう」

 

「そう、なんですか…」

 

「それより、そんなに慌ててどうかされたのですか?」

 

「いえ、あの、冷たい飲み物を作ろうと思って……。ちょっと暑いので…」

 

まさか二人きりでいるのが居たたまれなくて逃げてきたとは言えずに、言い訳めいた返答をしてしまう。それには特に突っ込まれることもなく、ディータは「お手伝いしましょう」と手早く準備を始めた。棚からティーポット、茶葉の入った器などを取り出して、リシルの前に並べてくれる。

 

「アイスティーなら、この茶葉が良いでしょう。でも、ここには氷がありませんね」

 

「わたしが取ってきます。氷はどこにあるのですか?」

 

「北の塔の氷室に。でも、場所がわかりにくいかもしれません」

 

「では、ディーも一緒に行って、教えてもらえませんか?」

 

「それはかまいませんが」と言って、ディータはリシルの背後に目を向けた。

 

なんだろう?とリシルが振り向く前に、「やけに仲が良さそうだな?」と低い声が後ろから響いた。

 

驚いたリシルの肩が揺れる。見ずとも誰の声かすぐにわかった。アルヴァーだ。

 

不機嫌そうな声に振り返ると、上げた左肘を戸口について、こちらを見ている彼と目が合った。声の調子そのままに、顔を顰めてリシルとディータを見ている。

 

「あの…」

 

険悪な雰囲気にリシルが口を開くと、アルヴァーは盛大な溜め息を吐いた。

 

「おまえをディーと呼ぶなんて、俺がいない間にずいぶんと親密になったものだな」

 

胡乱な目は、リシルに、というよりディータに向けられている。

 

当のディータは肩をすくめると、「当然でしょう。私は誠心誠意を持って、リシル様のお世話をさせていただいておりますから。不要な勘繰りをしている間に、親交を深めてはいかがですか」と、澄ました顔で言い放った。

 

その言葉にむっとした表情になったものの、アルヴァーも心底ディータを邪険に思ってはいないらしい。

 

「そうだな」と納得したように頷き、ついとリシルの傍に寄り添う。

 

逃げる隙も与えず、リシルの細い腰に手を回すと、「お言葉に甘えて、親しくなる時間をたっぷり取ることにしよう。北の塔の氷室に行くんだったな」と、顔を覗きこんでにやりと笑った。

 

「えっ?」

 

「ディー以上に俺に慣れてもらわなくてはならないからな。さあ行くぞ」

 

「えっ、ちょっと、ディー!?」

 

ずいっと身体ごとさらわれるように出口へと促され、助けを求めようとしたディータの姿が視界から消えた。背後から、「いってらっしゃいませ」と言う声が聞こえてきたのに、アルヴァーが「おう」と鷹揚に答える。

 

内心の焦りをよそに、リシルは抱えられるようにして厨房を後にしたのだった。

 

 

 

「いつから、ディーと呼ぶようになったんだ」

 

腰を抱かれたままの近い距離にどぎまぎしながら歩いていると、頭上からアルヴァーの問いが降ってきた。

 

「えっと」とリシルが見上げると、先ほどの剣呑な雰囲気はどこへやら、優しい眼差しがそこにあって安堵する。

 

「昨日から、です。そう呼ばなければ返事をしない、と言われて…」

 

そうなのだ。

 

他人行儀だから、という理由で、呼び方を改めるように言われたのだが、向こうからはそのまま「リシル様」と呼ばれている。多少の理不尽さを感じないではないが、ディータの立場もわかるし、ディーと呼んだらにっこりされたので、喜ばれるなら、とそう呼ぶようにしている。

 

その答えを聞いたアルヴァーは、ふーんと気のない返事をした後、「では、俺のこともアルと呼んでくれるんだな?」と、まるでそれが当然といった顔で聞いてくる。

 

「えっ?」

 

まさか、貴族でこの城の主であるこの人を?

 

さすがにそれはできない…と言おうと、すぐそばのアルヴァーを見上げると、断られるとは微塵も思っていない自信に満ちた顔がそこにはあって。

 

「ええと…」

 

リシルは困ってしまった。どうも断れそうにない。かといって、早々に考えを切り替えるのも難しいし、心の準備が必要だ。

 

「あの…、少しお時間をいただいても…?」

 

「ダメだ」

 

恐る恐る言ってはみたが、即答で拒まれる。その上、アルヴァーはとんでもないことを言ってきた。

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