荒野の果てに嫁ぐもの 第12話 罰としてキスを

荒野の果てに嫁ぐもの 第12話 罰としてキスを

荒野の果てに嫁ぐもの 第12話 罰としてキスを

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「できないと言うなら、その度にキスをすることにするか」

 

「え…、ええっ!?」

 

思いもよらないことを言われ、リシルの目が点になる。

 

どうして、そうなるのだろう? 「アル」と呼ばなければ、キスの罰があるというのだろうか?

 

理解不能とばかりにリシルが見上げるのに、アルヴァーの瞳は至極真面目である。口元は、多少意地悪っぽい笑みを浮かべてはいるが。

 

「様付けで呼ぶのは、許婚として他人行儀だろう。この結婚は、ここの住人すべてに祝福してもらいたいから、仲の良いところを見せるのが一番だ。そうだな?」

 

「…ええ、それはそうですが…」

 

そう言われれば同意せざるを得ないが、それがキスとどう関係するのだろうか。

 

「では、親しい呼び名で呼ぶのは効果があるだろう。それが嫌なら、キスでもすることで、俺達の仲の良さを証明するしかないな」

 

「は…?」

 

それは極論ではないですか、という言葉を、すんでのところでリシルは飲みこんだ。貴族である相手に口答えはできないし、身の程をわきまえる術は身に染みついている。しかし、それにしても、そう呼ぶには抵抗があり過ぎる。ディータの時ですら、躊躇いを感じたのに。

 

「あの、アルヴァー様…」

 

そう呼びかけた途端、アルヴァーの片眉がおやっ?と引き上げられた。

 

「やはり、アルとは呼べないのか」

 

「いえ、あの…」

 

慌ててリシルは首を振るも、嘆息したアルヴァーは腕の力を強めて、リシルの細い身体を抱き寄せる。そして、その顎を上向かせると、ゆっくりと唇を触れ合わせた。

 

「ア…、んっ」

 

今までの軽いキスとは違って、柔らかさを味わうように舌で唇をなぞり、ゆっくりと離れていく。焦点の合わなかった相手の顔がはっきり見えるようになって、はっと我に返った。

 

「俺はどちらでもいいが、な」

 

「…っ」

 

にんまりと笑うアルヴァーを、リシルは上気した顔を上げて睨んだ。すかさず腕を突っ張ってアルヴァーの腕から逃れると、周りに人がいないかを確認する。幸いにも石造りの広い通路を通る人影はなく、ほっと胸を撫で下ろした。

 

そうして改めてアルヴァーにきつい視線を送るが、相手はまったく意に介さない様子だ。

 

「そういう顔も可愛いな。赤い顔で誘っているように見える」

 

「そんなわけはありません!」

 

我を忘れて思わず大きい声を上げてしまったが、こんな公けの場所でさっきのようなことをされたら、と思うと、冷や汗が出る。

 

きっと、この人は誰がいようと気にしないに違いない。「アル」と呼ばなければ、どこであろうとも、さっきのようにキスを仕掛けてくるのだろう。

 

もちろん、リシルとしてはそんなところを他人の目に晒したいわけがない。その上、そう何度もキスをされても困る。そうなれば、先程のアルヴァーの希望を聞き入れるしかない、…だろう。

 

「……わかりました。ご希望のように呼びますので、その…、さっきのようなことはやめてください」

 

「そうか」

 

アルヴァーは、我が意を得たりといった顔で満足げに頷くと、リシルの次の言葉を待った。なにかを期待するような表情に、どうやら今すぐそう呼ばれてみたいのだ、という気持ちが見え隠れする。リシルは観念したように小さな息をひとつ吐くと、背の高いアルヴァーを見上げた。

 

「……アル」

 

様付けで続けそうになるのをこらえて、小さな声で呼んでみる。だが、アルヴァーは「聞こえない」と眉を寄せた。どうやら、もう一度呼ばせたいらしい。きちんと聞こえるように呼ばないと、堂々巡りになってしまいそうな流れだ。

 

リシルは半分やけっぱちになりながら、「アル」と、はっきりと呼びかけてみた。

 

すると、満面の笑みを浮かべたアルヴァーが、覆いかぶさるようにリシルに近づき、ぎゅうっと抱きしめてくる。その腕の強さに、息が苦しくてたまらない。

 

「く、苦しいですっ、アルヴァー…」様、と続けそうになって、はっとしたリシルだが、それを聞き逃す相手ではない。

 

リシルの顔が見える程度に身体を離したアルヴァーが、怪訝そうな顔を向けてくる。しまった、とほぞを噛んでも後の祭りだ。アルヴァーは、困ったヤツだな、と言う顔をした後に、にやりと口角を上げた。

 

「ちゃんと呼べるまで、お仕置きが必要だな」

 

「いえ、今のはっ……ん、ぅ」

 

言い訳をする時間も与えられずに、リシルの唇が塞がれる。後頭部を片手でしっかりと固定されているために、顔を逸らすことができない。強く押しつけられた唇から舌が伸びて、閉じられたリシルの唇をゆっくりとなぞり、狭間をつついてくる。

 

さっきのキスとの違いに、リシルの体が強張った。

 

「んっ!」

 

後ろに回したもう片方の手で、腰をぐいと引き寄せられて、驚いたリシルの唇がほどけた。その隙を突いて、アルヴァーの舌がリシルの滑らかな歯と歯茎を撫でる。

 

生まれて初めて与えられる刺激に、リシルの背中にぞくぞくとした感覚が生まれて震えてしまう。

 

「ん…っ、……ぅ」

 

がちがちに緊張している身体は、アルヴァーに優しく抱きしめられていて。

 

抗うようにアルヴァーの長衣を握り締めていた手には、だんだんと力が入らなくなってきていて。

 

労わるように、味わうように、ゆっくりと唇の裏側を舐める舌の動きに翻弄されて。

 

次第に強張った身体が弛緩して、食い締めていた歯が開いてしまった。そこに侵入してきた舌が、リシルの舌を探しあてると、ねっとりと絡んでくる。

 

もう…っ!

 

だめだと思った途端、リシルの膝がかくんと折れた。

 

「おっと」

 

長いキスは、リシルの身体がくずおれたことで、濡れた音を立ててほどかれた。足に力の入らないリシルは、アルヴァーの広い胸と力強い腕に支えられ、その場にゆっくりとへたりこむ。キスの余韻に震える顔を見られたくなくて、額をアルヴァーの胸から離せない。

 

「大丈夫か?」

 

アルヴァーが上向かせようとするのを、首を振って拒んだ。どんな顔をすればいいのかわからないのだ。すぐにでもこの場から逃げ出したいが、足が萎えて立てそうにもない。それほど、さっきのキスは衝撃的だった。

 

あんな…キスをされるなんて…。

 

リシルは油断した後悔と、今自分の身に起きている変化に唇を噛む。所詮自分は身代りだから、上っ面だけの関係だと思っていたのに、あんな情熱的なキスをされて、こんな風に露骨に反応してしまうなんて。自分のはしたなさに消え入りたい気持ちでいっぱいだった。

 

一人になりたい…っ。

 

アルヴァー様から見えないところに行きたい。

 

顔を伏せたままで身を引き、立ち上がろうとするが、まだ足が震えていておぼつかない。よろけた体は、たやすくアルヴァーの胸に受け止められた。

 

「離して、くださ…い」

 

その腕から逃れようと抗うリシルに、眉を寄せたアルヴァーはますます腕に力を入れて抱き寄せようとする。密着されると、自分の変化が相手に知られてしまうと焦り、リシルは必死で抵抗するが、力の差は歴然ですぐに息が上がってしまう。

 

赤く染まった顔も、涙がにじんだ瞳もアルヴァーの前に暴かれ、一層いたたまれなくなった。

 

「そんなに嫌だったのか?」

 

心配そうな声に、リシルはただ首を振ることしかできない。今はただ、労わりの言葉より、一刻も早くこの身を解放してほしいだけだ。この熱くほてって、持て余している身体を。

 

「わたしを…一人に、…してください」

 

喘ぐようにそれだけ伝えると、リシルは再びその場に座りこんだ。アルヴァーの胸に手を突っ張って身を離すと、身を丸くして小さくなる。熱くなった身体を冷まそうとするが、このままでは無理だ。

 

「気分が悪いのか? 俺が部屋まで送っていこう」

 

「…いいですから、わたしに構わないでください」

 

「いや、先走った俺が悪い。もっと時間をかけるべきだったが…」

 

我慢できなかった、と続けられた言葉は、小さく呟かれ、自分のことで精一杯なリシルの耳には届かなかった。

 

「悪かった。とにかく部屋には送るからな」

 

「…あっ」

 

後悔の滲んだ声で謝罪するとともに、強引にリシルを抱き上げたアルヴァーは、勢い良く歩き始めると、大股で北の塔へと足を向けた。

 

目を閉じて顔を伏していたリシルは、自室までの距離が掴めず、アルヴァーの腕に抱き上げられている時間が酷く長く感じた。

 

意識するまいと思うのに、左腕に当たるたくましい胸板や膝裏を支える腕、鼻腔をくすぐる彼特有のにおいが、キスで煽られた気持ちを更に昂ぶらせる。身体の内から湧き上がる熱に、リシルは身を震わせるしかない。

 

早く一人になりたい、とそれだけを思いながら、熱くて辛い時を耐えるのだった。

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