荒野の果てに嫁ぐもの 第14話 心浮き立つ提案

荒野の果てに嫁ぐもの 第14話 心浮き立つ提案

荒野の果てに嫁ぐもの 第14話 心浮き立つ提案

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一方のリシルは、アルヴァーの右隣の席についたものの、配膳される朝食にぼんやりと目を落として微動だにしない。

 

明け方にうつらうつらした程度でよく眠れておらず、頭がぼーっとしている。その原因とも言えるアルヴァーの顔は、当然見られないままだ。いろいろ考えるのに疲れて、思考が麻痺状態で、配膳を終えたディータが退室したのも気づかなかった。

 

「食欲がないのか?」

 

心配そうにかけられた声に、はっと顔を上げる。まともにアルヴァーの顔を見てしまって、慌てて視線を手元に戻した。じんわりと頬が熱くなるのを自覚しながら、スプーンを手に取り、スープを口に運ぶ。

 

いつもは美味しく感じるスープも、あまり味がしない気がした。それでも、食べなければ、とパンを取ろうとすると、その手をアルヴァーに掴まれて身体が飛び跳ねる。

 

が、その手はすぐに離れて、ほっと気を許した時に、アルヴァーと目が合った。その瞳は、リシルの身を案じているようだった。

 

「顔色が悪いぞ。無理はしない方が良い。食べられそうにないなら…」

 

「いえ、だいじょうぶです」

 

せっかく作ってもらったものだから、と、全部は無理でも、普段からできるだけ食事は摂るようにしていた。

 

自分には贅沢すぎる食事だから、残してはもったいないと思うから。

 

しかし、アルヴァーの次の言葉は、予想外だった。

 

「俺が食べさせてやろう」

 

「えっ?」

 

驚いて目をしばたいている隙に、リシルの横に椅子ごと移動してきたアルヴァーは、フォークを手に取り、サラダをすくい上げリシルの口のそばに持ってくる。

 

「あの、それは…」

 

辞退しようと控えめに顎を引くが、アルヴァーは拒まれるとは露とも思っていない顔つきで。

 

「スープの方がいいか?」

 

フォークを置いて、スプーンを取ろうとするのを見ながら、どうしてこういう流れになっているのか混乱するリシルだった。

 

どうして、自分が貴族の主に世話をされているのだろう? どう考えても、自分がお世話するのが当然なのに。

 

「あの…、逆ではないですか? わたしが、お世話をするのはわかりますが…」

 

「ん?」

 

「…わたしは、こんなことをしてもらう者では…」

 

その言葉を聞いたアルヴァーは、眉を寄せて、持っていたスプーンを置いた。なぜそんなことを言うのかわからない、といった顔だ。

 

「おまえは俺の伴侶だろう? 俺が世話をして当然だ」

 

「そう、でしょうか……」

 

リシルはそうだろうか、と思いながらも、やはり違和感を拭えない。どうしても、身分の差を感じてしまって、恐れ多さが先に立つ。

 

そんな迷いを感じたのか、「伴侶なら、立場は対等だと思っている。俺は、やりたいからやっているんだ」と、アルヴァーが笑った。

 

その表情には、リシルのすべてを受け入れようとする寛大さが滲み出ている。

 

それに僅かな安堵感を覚えながら、「しかし、していただくのは申し訳なくて…」と、リシルが正直に胸の内を吐露すれば、それもわかる、とアルヴァーが頷く。

 

「今までは使用人の身だったからな。これからだんだんと慣れてくれればいいが、そうだな…」

 

ふと良いことを思いついたらしいアルヴァーは、にやりと口角を上げてリシルを見つめる。

 

「おまえも俺の世話をすればいいだろう。お互いが相手の世話を焼けば、気兼ねも遠慮もないだろう?」

 

「お互い、に…?」

 

「そうだ。俺もおまえに世話をしてもらえたら嬉しいし、な」

 

「嬉しい、ですか?」

 

ああ、と頷くアルヴァーを見て、リシルの心が浮き立つ。

 

もしかして、自分も役に立てるかも。

 

ここにきてから、ディータにもいろいろしてもらうばかりで、肩身の狭い気持ちが強かった。今までアレジアの世話をしながら生きてきたのに、その仕事はもうない。ここでは簡単な手伝いをするようにはなっていたものの、どこか物足りなさを感じていたのだ。それが人を相手にする仕事ができるとなれば、これほど嬉しいことはない。

 

リシルは期待をこめて、アルヴァーを見た。

 

「わたしでよければ、喜んでお世話をさせていただきます」

 

「決まりだな」

 

満足そうに笑うアルヴァーに、あ、とリシルが声を上げた。

 

「どうした?」

 

「あの…、それだと、ディーのお仕事が…」

 

ディータは、リシルの世話を主にしているが、アルヴァーのも兼ねてしているはずだ。アルヴァーの提案だと、ディータのすることがなくなってしまうのではないか。

 

リシルの抱いた危惧を、アルヴァーは「それは大丈夫だ」と否定した。

 

「ディーには別な仕事があるし、こうして二人きりの時には、なにもやることはないだろう?」

 

二人きり、という言葉に、リシルの胸がどきりとする。確かに、いつも配膳を済ますとディーは退室するが、改めて考えなくても、ここにはアルヴァーと自分しかいない。そう自覚すると、緊張して鼓動が速くなってきた。

 

「そう、ですね」

 

そわそわと落ち着かない様子で返事をしたリシルを、やれやれといった表情で眺めると、アルヴァーはおもむろにリシルのスプーンを取った。手前にあるスープをすくうと、リシルの口元に寄せる。

 

「では、食べよう。ほら、口を開けて」

 

「えっ…。いえ、私から」

 

「早い者勝ちだ。早くしないと、スープが冷めてしまう」

 

「は、はい」

 

まごつきながらも口を開けると、優しい手つきでそれを飲ませてくれる。なんだか恥ずかしくなって目を伏せると、今度はそちらの番、とでも言うようにスプーンを渡してくる。同じ皿からスープをすくって、おずおずとアルヴァーに差し出すと、美味しそうに飲んで唇を舐めた。

 

それを目で追ってしまって、うっかり昨日のキスを連想して頬が熱くなる。

 

意識しないようにすればするほど、思い出して焦ってしまうが、目を泳がせるリシルとは逆に、アルヴァーは平然としていて、普段とさして変わりがない。

 

自分だけがどきまぎしていて、おかしいのかな。

 

そう思うと、なぜか落胆して肩を落としたリシルだが、相手が変わらないことで、こちらの緊張も解けてくる。

 

触れられてもいないのに意識するなんて、自意識過剰かも…。

 

そう思えて、リシルも顔を引き締めて、努めて意識していないフリをしてみる。そんな様子もアルヴァーにはお見通しで、可愛くて仕方ないのだが。

 

次にアルヴァーがパンをちぎってジャムを塗り、口に運んでくれるのをお返しで真似すると、少しジャムのついた指ごと歯を当てられ、リシルは思わず声を上げてしまった。

 

悪戯っぽい笑いを浮かべるアルヴァーを、咎めるように睨んでも効果はなさそうだ。だが、同じことを仕掛けてくることはなく、リシルの警戒心も長くは続かなかった。

 

こんな風に交互に同じものを食べ与えていると、ままごとのようで恥ずかしいと思う反面、相手が身近に感じてきて、ほっこりと和んでくる。

 

アルヴァーといると、なにもかもが初めての体験ばかりだ。

 

時に突拍子のないアルヴァーの言動に戸惑いながらも、これが家族というものだろうか、と自分には経験のない家庭の雰囲気を思う。

 

孤児でなかったら、こんな風に接してくれる人がいたのだろうか。

 

両親や兄弟、祖父母がいたら、こんな感じだったのだろうか。

 

使用人として仕えたアレジアとは違う親密さに、胸の内がじんわりと満たされる。

 

食事のたびにこういうことをするのだろうか、と思いながらも、それがけっして嫌ではなく、こういうのもいいかもしれない、とリシルは思い始めていた。

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