荒野の果てに嫁ぐもの 第15話 婚前旅行へ

荒野の果てに嫁ぐもの 第15話 婚前旅行へ

荒野の果てに嫁ぐもの 第15話 婚前旅行へ

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それから数日間、アルヴァーは城内で片時もリシルのそばから離れず、その構い様は側仕えのディータを呆れさせるほどだった。陽が昇る前からリシルの部屋に赴き、起床後の身支度を手ずから整えるとアルヴァーが言い出した際は、お互いがお互いの身支度をすると言い張り、ディータの仲裁で一日おきにすると決めなくてはならなかった。

 

食べさせあいの食事は、時間がかかりすぎていつまでも片付かない、とディータに苦言を呈され、ティータイムのみに限定となった。さすがに湯浴みや添い寝は、リシルが嫌がることを予想してか言い出さなかったが、それ以外はことある毎にアルヴァーはリシルの傍にいようとする。

 

ディータは内心、行き過ぎたアルヴァーの行為をリシルが本気で嫌がるかもしれないと心配していたが、当の本人はそこまで構われることに驚いてはいるものの、拒むほどの嫌悪感はなかった。時に、それが嬉しいとまで思うこともあったからだ。

 

リシルが躊躇なく「アル」と呼べるようになったためか、あれからキスをしてくることはない。それが、髪を触ったり、頭を撫でたりなどのスキンシップに取って代わったようだ。その間合いもリシルの反応をうかがっているようで、リシル自身は不快感を覚えることはなかった。逆に、他人との触れ合いは、気持ち良いとさえ感じ始めている。

 

子供の頃に頭を撫でられた記憶がないリシルは、アルヴァーの大きな手で撫でられるのがとても心地よいことに気づいた。朝の身支度は交代で行うことになったが、髪をまとめるのは、毎朝アルヴァーがしてくれる。リシルの髪をとても気に入っていて、「触り心地が良い」とか「陽の光を集めたようだ」と褒め、時折毛先に指を絡めて眺めているのも日常茶飯事となった。

 

そうして、たまに後頭部に手を伸ばし、手触りを楽しむようにゆっくりと撫でてくれる。そうされると、あまりの気持ち良さに、アルヴァーの胸にもたれそうになってしまうのを、ぐっと押しとどめるのに苦労するのだ。アルヴァーは笑って、遠慮はしないでいいと言ってくれるのだが、まだリシルの中にためらいがあり、そこまで甘えることはできなかった。

 

反対に、リシルもアルヴァーの髪を触るのが好きになっていた。艶やかさと弾力のある黒髪は、指通りが滑らかで、いつまでも触っていたくなる。そのしなやかさは、そのままアルヴァー自身を表しているように思えて好ましい。

 

リシルはアルヴァーの世話をするようになって、彼の身体の部分部分が気になって、じっと見つめていることが増えた。それを知っているのか、時々アルヴァーは意味深な笑いを浮かべている。その時は決まりが悪く思うのだが、気がつけば、つい目がアルヴァーの姿を追ってしまうのだ。たくましい体つきに、男らしい仕草、包容力や人望など数えればキリがない。

 

そんな自分にはないものを、たくさん持っているからだろう。そんな人が、自分を伴侶として望んでいる。そのことが未だに信じられなくて、この場に自分がいることさえ夢のようだと思う。

 

だが、夢ならいつか覚めてしまう。それが不安で、リシルは自分の心の奥に芽生えた想いを無意識に見ないようにしていた。

 

心の奥の想い。

 

それを自覚したら、どんどん欲張りになって、もっともっととその先を望んでしまう気がする。だから、自分の身には過ぎる今の状況に、完全に身を委ねることができない。

 

委ねたら、きっと執着してしまうから……。

 

そうなることが恐くて、前にも後ろにも進めない。そんな中途半端な自分の気持ちに、リシルは溜め息を漏らすのだった。

 

「疲れたのか?」

 

アルヴァーとともに、西の峡谷の視察を兼ねた作業の帰り、俯いたままのリシルに気遣う言葉がかけられる。顔を上げると、夕暮れを背景にしたアルヴァーの姿がそばにあった。夕陽に赤く染まったその顔は精悍で、思わず見蕩れてしまう。心配してくれる声色も嬉しい。

 

「いえ、だいじょうぶです」

 

「そうか」

 

そう答えると、アルヴァーは笑顔で、自然にリシルの手を取って歩き出した。そう、今のこの距離感がとても心地良い。握られた右手から伝わる温もりが頼もしくて、ずっとこのままでいたいと思う。

 

だが、それは自分のわがままだ。アルヴァーが望んでいるのは、こういう関係ではない。

 

伴侶とするからには、きっとその先も…… 。

 

そこまで考えて、リシルは一人頬を赤くした。今は性的な接触はないにしても、同じ男性として、相手が欲していることを感じてしまう時がある。熱い眼差しで見つめられていることに気づくと、アルヴァーは気を遣って違う話題を振ったり、気を逸らせてはくれるが…… 。

 

自分の気持ちを大事にしてくれて、辛抱させていることは本当に申し訳なく思っている。だが、今の自分には、それに応えることはできないのだ。そのことも、リシルの気を重くしていた。このまま、彼の好意に甘え続けていいのだろうか、と。

 

「ここの生活に飽きたか?」

 

「えっ?」

 

予期しない問いに、リシルは驚いた顔でアルヴァーを見上げた。

 

「ここはモルシャルと違って、遊ぶところも見て回るところもないだろう? 退屈じゃないのか?」

 

「そんなことはありません」

 

リシルは即座に否定した。そんなことは微塵も思っていない上に、ここでの生活をリシルはとても気に入っている。アルヴァーと一緒に薬草の栽培箇所を見て回るのも、彼の話も興味深くて面白いから、退屈している暇もないのだ。

 

もしかして、退屈しているように見えているのだろうか。

 

自分の態度がそう思わせているのなら、アルヴァーに失礼だし、そんなことはないと否定しなければ。

 

しかし、どう言えば……。まさか、自分の胸の内の葛藤をそのまま話すわけにも……。

 

逡巡しているリシルに、アルヴァーは突飛な提案をしてきた。

 

「ちょっとアヴァロンの外に出てみるか」

 

「えっ?」

 

アヴァロンの外に…?

 

不思議そうな顔のリシルが、どこへ?と聞く前に、
「前に俺の仕事を知りたがっていたな? 今度、南の街に行くことになったから、良かったら行ってみないか?」
と、アルヴァーが気さくに訊いてくる。

 

確か、南にはガーシュイン国の首都であるガルシュの次に大きい街のトルテュがあったはずだ。それを聞いたリシルは、目に喜悦の色を浮かべた。

 

「いいのですか? わたしが行っても?」

 

喜びを隠し切れない声で尋ねると、アルヴァーも嬉しそうに頷く。

 

「婚前旅行というには味気ないが、この国の他の場所にも興味があるだろうと思ってな。ただし、途中は見所もなにもない荒野だから、寝てしまうほど退屈かもしれないが…」

 

「そんなことはないです! 喜んで御供します!」

 

そう答えながら、リシルはアルヴァーの手をぎゅっと握ってしまい、慌てて力を緩める。まるで子供みたいに、はしゃいだ声をあげてしまって恥ずかしい。照れ隠しに繋いだ手をぶらぶらと揺らしてみると、帰りを促すようにアルヴァーがその手を引いた。

 

夕陽に赤く染まった大地に、ゆっくりと歩く二人の影が長く伸びる。優しく手を引かれながら、リシルは旅への思いを馳せていた。

 

たとえ味気ない荒野の旅だとしても、アルヴァーと一緒なら楽しくなりそうな気がする。

 

以前、アルヴァーの仕事を尋ねた時、薬草を売る商人の仕事もしていると言われ、どんな仕事ぶりなのかを実際に見てみたいと思っていた。それを見せてくれるというなら、絶好の機会だ。

 

それに使用人の頃は、旅に出るなんて夢のまた夢だった。この国に来た時が、最初の遠出と言えるほどだ。だから、旅と聞いて心躍ることも初めてで。不思議と不安感より期待感が大きいのは、アルヴァーと行くという心強さからだろう。

 

トルテュは商人の街と聞いている。きっと見るもの聞くもの新鮮な体験になりそうだ。それも知識も経験も豊富なアルヴァーと一緒なら、もっと印象的な旅になるかもしれない。はやる気持ちを抑えきれずに、リシルは思ったことを訊いてみる。

 

「トルテュまでどのくらいかかるのですか?」

 

「日にちか? そうだな、馬車で片道六日ほどかかるな。尻が悲鳴をあげるかもしれないぞ」

 

「そんな…」

 

思わず吹き出すリシルに、アルヴァーはテントを張って野宿をすることや、華やかなトルテュの街の様子、必要な品の買い出しの話など、物珍しい話を聞かせてくれた。おかげで、リシルの期待は否が応でも高まってくる。まだ、いつ出発するかも聞いていないのに、わくわくする気持ちでいっぱいだ。

 

「そんなに嬉しそうな顔をされると、出発を早めたくなるな」

 

「はい、ぜひ明日にでも!」

 

「それは無理そうだが、調整をディーに相談してみるか」

 

苦笑するアルヴァーに、リシルは顔がほころぶのを止められなかった。

 

 

 

まさかこの旅で、リシルにとって不幸な転機が訪れることなど、露ほども知らずに。

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