荒野の果てに嫁ぐもの 第17話 無自覚な想い

荒野の果てに嫁ぐもの 第17話 無自覚な想い

荒野の果てに嫁ぐもの 第17話 無自覚な想い

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あの時に自分がどんな格好をしていたか、を思い出すと、リシルは顔から火が出るほど恥ずかしいと思った。アレジアに報いたい一心で必死になっていたが、今から思うとずいぶんと滑稽な姿だったと思う。

 

それを可愛いと思ったなんて……。

 

恥ずかしさに消せるものなら消し去りたいと思うような過去だが、あれでアルが一目ぼれをした、ということは、あの時点では自分を女性と思っていたのだろうか。そうして期待を抱かせ、後で裏切ってしまったというなら、本当に申し訳ない、とリシルの心に罪悪感が生まれた。

 

「すみません…、女性ではなくて…」

 

消え入るような声で謝るリシルに、「俺は気にしていない」とアルヴァーは笑った。

 

「おまえだから好きになったんだ。性別がどちらでも、俺にとっては問題ない。もちろん、まわりがなにを言おうが、俺は聞く耳を持たないしな」

 

そう言うと、アルヴァーはリシルの方に身体を向けた。その目は、ひたとリシルの顔にあてられている。その視線の熱さに、見つめ返すこともできずに、リシルは睫毛を伏せた。暗闇でも、頬の赤みは気づかれているかもしれない。

 

「おまえは、俺のことをどう思っている?」

 

「えっ」

 

あまりに直截な問いに、どきっとした。その真摯な声色に、リシルは自分が強く望まれていることを実感する。

 

アルは、本気でわたしのことを……?

 

そう思うと、嬉しいような、困ったような奇妙な気持ちになる。どう思っているか、なんて、具体的にどう伝えていいのかわからない。ただ好ましいという気持ちの自覚はあるが、それ以上となると…… 。

 

自分は、アルのことをどう思っているのだろうか? 意識して見ようとしてこなかった自分の中の想いを、今更見るのが恐い。

 

だが、真剣に問いかけているアルに、ごまかしや嘘は言えない。ここは、ちゃんと答えるべきだと思う。しかし、心の準備をしないままに問われ、即答できるような簡単なことでもない。

 

なんと返事をしたらいいのか思いあぐねていると、隣から落胆したような溜め息が漏れた。そちらに目を向けると、再び仰向けになったアルヴァーが、天を見つめて苦笑いを浮かべているようだった。

 

「答えを急いてはいけない、とは思っているんだがな。……もし、俺のことが嫌いなら、今なら婚約の破棄も間に合う。嫌なら嫌だとはっきり言ってもいいんだぞ」

 

「そんなっ、嫌だなんて思っていません!」

 

思わず上げた声の大きさと、即座に否定した自分に、リシルは我が事ながら驚いた。

 

嫌、じゃない?

 

咄嗟に出た言葉が本音というなら、自分の気持ちはそうなのかもしれない。そう、アルヴァーの存在自体は、むしろ頼りがいもあって好ましいと思っている。決して嫌だとは思ってはいない。

 

では、もう一歩進んで、その先は?と、リシルは胸の内に向けて自問する。

 

アルと同じ「好き」なのだろうか?

 

そう考えたが、まだ自分とアルの想いには温度差がある気がした。頼れるべき相手ではあるが、相手を求めるまではない中途半端な気持ちだ。ここでアルを喜ばそうと嘘をついても、きっと見抜かれてしまうし、自分もそんな不誠実な酷いことはしたくない。そう思う反面、アルヴァーの真剣な気持ちには応えたい気持ちも……ある。

 

もう少し時間が欲しい…… かも。

 

自分の気持ちを確かめる時間が。

 

アルヴァーの方に顔を向けると、リシルの言葉を静かに待っている瞳があった。燃えるような情熱は影を潜め、穏やかにリシルを受け入れようとしている瞳の色だ。それに背中を押されるように、リシルは正直に自分の気持ちを吐露した。

 

「今は……わかりません。でも、少し時間を下さい。……せめてこの旅が終わるまで」

 

アルヴァーの想いに報いるためにも、リシルは考える時間の期限を切った。

 

旅を終えて、アヴァロン城へ戻るのはいつになるだろう。トルテュでの滞在期間を入れても、二週間前後といったところだろうか。その間に、じっくりと自分の心と向き合えば、きっと答えが出せるはず、と思ったからだった。

 

「それは楽しみだ。トルテュに着いたら、すぐにとんぼ返りしたくなるだろうな」

 

そう言って笑うアルヴァーに、リシルの緊張も解けていく。再び天空へと目を戻すと、リシルの左手が温もりに包まれた。アルヴァーの大きな手の感触に、それを握れるようにと掌を上に返し、緩く指を絡めあう。この手に包まれると、リシルの中になんともいえない安堵感が広がるのだ。

 

そういえば、あの時のお礼をまだ言えていなかった。熱を出した時にアルが付き添ってくれたことに、感謝の気持ちを伝えなければ。

 

「あの時は、ありがとうございました」

 

「? あの時?」

 

「わたしが熱を出した日のことです。お礼を言おうと思っていたのですが……」

 

「ああ、あの時か」

 

ふっと微笑むアルヴァーの気配に、リシルは絡めた指に少し力をこめてその手を握る。あの時と同じ温かなアルヴァーの手を。

 

「すごく心細かったので、とても嬉しかったのです。独りじゃない気がして……」

 

「あれは見に行って正解だったな。まさか、熱を出してうんうん唸っているとは思わなかったが、あの時のおまえは儚げで、食べてしまいたいくらいに可愛かったな」

 

アルヴァーは、なにかにつけてリシルのことを可愛いと言うが、リシルはいつも自分のいったいどこがなのだろう?と不思議に思う。やはりアレジア似の女性めいた顔の作りだろうか。男らしくない外見に、常々密かな劣等感を持っていたが、アルヴァーに言われてもそう嫌悪感がないのも不思議だ。

 

「…… 可愛い、ですか」

 

「ああ、思わず俺が守ってやりたい、と改めて思うほどにな」

 

「守って……」

 

リシルの頬がかあっと熱くなる。男性である自分が言われても嬉しくはないはずの言葉が、なぜか嬉しい。なにかと構ってくるアルヴァーの態度に、自分も感化されたのだろうか。

 

「俺が同じように寝こんだら、おまえが看病してくれると嬉しいのだが」

 

「もちろんです。……いえ、そんなことは、本当はない方がいいのでしょうが」

 

アルが熱を出したら、自分は放ってはおけない、と思う。世話をするのは楽しいし、そんな時こそ頼ってほしいと思うくらいだ。この前のお礼というわけでなく、純粋にそうしたいと思う。

 

「そうか。それなら、滅茶苦茶に甘えてもいいか? 口移しで水を飲ませて欲しいとか」

 

「それは…っ」

 

この前のことを揶揄している言葉に、リシルの顔が茹でたように赤くなる。あの時は、自分からもっととねだった気がする。喉の渇きに勝てなかっただけだが、アルにそうされたら、動揺して看病どころではなくなる気がする。言われただけの今ですら、そうなのだから。

 

返事に困っていると、「冗談だ」とアルヴァーが笑った。

 

「お楽しみは、後々までとっておこう。今はこうしているだけでいい」

 

そう言って、アルヴァーは握っている手の親指で、リシルの親指の背を慈しむように撫でる。急がない、と言った言葉の通り、アルヴァーはリシルの心が追いついてくるのを辛抱強く待ってくれる。

 

ふと、自分はこの上なく幸せだ、と思う。

 

アルは、嬉しくなる言葉ばかりを自分にくれる。こちらが望む以上の優しさで。それは、今まで味わったことのない心地よさだった。

 

アルのそばにいたい…… 。

 

繋がれている手の感触を確かめながら、リシルは思った。今までは命の恩人であるアレジアと、お世話になっていたファビウス家の為に生きてきた。それが当然と思っていたし、自分個人の幸せなど二の次だと思っていたから、なにも欲しいものはない、と無欲に過ごしてきたのに。

 

リシルは今、はっきりと自分の欲しいものを自覚した。

 

それは、アルヴァーのそばにいること。アヴァロン城で、ずっとアルヴァーと生きていく。

 

そう考えただけで、リシルの心は震えた。

 

そして、そうしていいのだろうか、と思う。

 

望まれてアルヴァーのそばにいられる。それだけで幸せを感じられる。

 

そう思う時点で、心はアルヴァーへと傾きかけているのだが、色恋の経験がないリシルには、それをはっきりと恋と認めることができないでいた。性別と身分も、それを阻む枷となっていることもあるのだろう。

 

アルのそばに居続けること。

 

それは、伴侶として、自分と触れ合おうとするアルの望みも受け入れることになる。

 

男同士で愛し合うことなど、異性間での恋愛事情にも疎いリシルには、とてつもなく大きな壁にも思えた。

 

だけど、自分の気持ちが、アルの気持ちに寄り添うことができれば……。その壁すら越えられるかもしれない。

 

そう思うリシルの心は、二週間後に出すべき答えが無意識にそこにあることに気づかない。

 

執着することが恐い、と思っていたリシルだが、もう既に小さな執着が芽生えていることも自覚できないでいるのだった。

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