荒野の果てに嫁ぐもの 第2話 荒野の果ての城

荒野の果てに嫁ぐもの 第2話 荒野の果ての城

荒野の果てに嫁ぐもの 第2話 荒野の果ての城

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「すごい…っ 」

 

知らずに感嘆の声を漏らしたリシルだが、坂を昇りきった馬車の周りには、彼が生まれて初めて見る風景が広がっていた。

 

東西のはるか彼方に青い山脈が小さく見える他は、果てしなく続く荒野。見事なまでの視界の広さの中にあるのは、右手に今昇ってきた道の脇にあった渓谷の亀裂と、人工物とおぼしきシルエットが前方にひとつ。

 

こんなところに人が住んでいるなんて。

 

……それに、あれが目指す城?

 

まだ豆粒ほどの大きさなので、まるで土の塊にしか見えないが、多分、城の城壁ではないかと思われる物を見ながら、自国との景色の違いをリシルは感じていた。

 

今まで住んでいた国の南に位置するこの国のことは、本や噂で知り得た情報しかなく、実際こうして目にする機会が今まではなかった。令嬢に仕える使用人の身では、国外はもとより街の外にもそう出かけることもなかったからだ。

 

リシルの居たモルシャル国は、高い山脈に囲まれた森の多い美しいところだったので、このような木も草も乏しいだだっ広いばかりの土地は、なんだか落ち着かない気分になる。おまけに、馬に乗れでもしないと、徒歩では迷子の行き倒れになりそうな広大な土地だ。

 

これで、荒野の国とも、天空の国とも呼ばれるガーシュイン国の端っことは。まさに百聞は一見に如かずで、この国の大きさがモルシャルの比ではない、と実感したリシルだった。

 

しかし、変わっている … 。

 

このような不毛な地に城を構える貴族なんて……。

 

不便極まりないようなこんなところに住むのは、貴族の道楽なのか。それとも、こちらは別荘のような感じで、違う場所に城なり屋敷なりがあるのだろうか。それなら、今は休暇中なのか。そうでなければ、人嫌いの隠者なのだろうか。

 

少ない情報からあれこれ想像しているうちに、小さく見えていた城壁が少しずつ大きくなり、まわりの土と同化しそうな赤茶色のレンガがくっきり見えるところまで
馬車は近づいていた。

 

もうすぐ到着するだろう。

 

リシルは緊張をほぐすように、目を瞑り、胸を広げて大きく深呼吸をする。

 

いよいよ、たった一人で城に乗り込む時がきたのだ。城壁は目前まで迫ってきている。

 

レンガ造りかと思った城壁は、近づいてくるにつれだんだんと詳細な形を顕わにし、岩石を切り出して組み上げたものだとわかった。

 

渓谷が大きく東に蛇行している内側の際に添うように、高い城壁が丸く城を囲んでいる。その囲う広さは、小さな町くらいになりそうなくらいで、改めて主の財力に恐れさえ感じるリシルだった。

 

これほどの巨大な城に住んでいる人は、相当な身分の人なんだろう……。

 

予想以上の敷地の広さに、アレジアの話以上の相手だと思い知る。リシルは矢も立てもたまらず、逃げ出してしまいそうになる自分を抑えるのに苦労した。

 

逃げてはいけない、アレジア様を守るという目的を果たすためだ。と、何度も自分に言い聞かせ続けて、組んだ両手を握り締める。

 

それだけが、頼るよすがといわんばかりに。

 

リシルの怯えと葛藤をよそに、馬車は容赦なく目的地へと近づいていた。

 

人の身丈四人分はゆうに超えそうな門は、完全に開放されており、奥に数人の人影が行き来しているのが見えた。馬車に気づいた門番が、中にいる者に合図を送っている。

 

招かれた馬車は速度を落とし、ゆっくりと門をくぐり抜けた。

 

馬車が停まると、リシルの心臓も止まりそうになった。汗ばんだ手が震え、意図せずに上がった肩と身体のこわばりが、緊張の高さを物語っている。破裂しそうな勢いで心臓が脈打ち、青ざめた唇は冷たく、歯を噛み締めていないと、わなわなと震えてしまいそうだ。

 

大それたことを起こそうとする不安と、ばれた時のことを思う恐怖で、リシルは生きた心地がしなかった。

 

馬車の扉が開くまでの間が、リシルにはとてつもなく長く感じる。門に入る前に靴に突っ込んだ足は、あまりの狭さに既に悲鳴を上げているが、その痛さを感じる余裕もリシルにはなかった。

 

下を向いていたリシルは気づくのに遅れたが、箱馬車のそばに一人の男が近づき、御者となにやら話をしていたらしい。漏れ聞こえる会話に耳をそばだてると、アレジア付きの侍女の話などを聞いているようだ。

 

確かに侍女もなしに、令嬢が一人でいるのは不自然だろう。こちらの人数などはあらかじめ伝えてあったに違いない。もちろん、計画のことは微塵も知らない御者は、嘘の話をそのまま相手に伝えているようだった。

 

ほどなくして、一通りの話を終えたらしい相手が、こちらに近づいてくる。

 

ここからが本番だ。

 

リシルは背筋を伸ばすと、馬車のドアが開くのを息を詰めて待った。前を向いているために、男の顔はまだよく見えない。

 

御者がドアを開けると、その男が膝を折り、頭を垂れる気配がした。

 

「はじめまして、アレジア様。 ようこそ、アヴァロン城へお越し下さいました。 私はアヴァロン候に仕えるディータと申します」

 

そう言って顔を上げる頃を見計らって、リシルはゆっくりとその男の姿に目を遣った。歳の頃は二十代前半だろうか。すらりとした体躯に似合いの濃い紺色の長衣を、腰の辺りで幅の広い帯で締め、長衣より薄い紺色のゆったりとしたズボンを履いている。足元は、同じく紺色の布製の靴で、どうやらこれがこの国の服装らしい。モルシャルのようなカチッとした衣装とは真逆で、荒野の風景に開放的な衣服が似合っている。

 

男の肩まである栗色の髪は、一筋の乱れもなくひとつにまとめられ、几帳面な印象を受けた。髪と同じ明るい栗色の瞳は、リシルの姿を不快に思わない程度に見つめている。すっきりとした顔立ちに柔和な笑顔を浮かべて、異国の令嬢の到着を心から歓迎しているようだ。

 

 

……が。

 

 

なんとなくだが、油断できない相手だ、とリシルは感じた。何がどうとは具体的にいえないが、そんな雰囲気を持った男である。

 

主より先に対面したこの手強そうな相手を、まずはだませるだろうか。

 

リシルは乾ききった喉を潤すために、少ない唾液をこくりと飲んだ。強烈な渇きには、焼け石に水のような行為だが、やらないよりはましだ。少しは落ち着ける気分になれる。あくまで、気分だけであったが。

 

差し出されたディータの手につかまり、リシルは慎重に馬車の外へと降り立った。履いたことのない高さの靴が不安定で、歩く毎にふらふらする。靴に無理やり押し込んだ爪先と踵が痛い。長旅と緊張で踏ん張っていた左足は感覚が鈍く、少し腫れている気がする。

 

しかし、この衆目の前で無様な姿を晒すわけにはいかない。自分はアレジア嬢の身代りをしっかり務めなければ。

 

そうは思うリシルだが。

 

遠巻きにこの城の住人達がかしづくのを見て、身の置き所のなさにさらに足が震えた。こんなに注目を集めたのは、生まれて初めてなのだ。

 

リシルはどこを見ていいやらわからず、ディータの手に載せている自分の手を見つめる。

 

汗ばんでしっとりした手袋を不審に思われないだろうか。

 

リシルのそんな心配をよそに、ディータの微笑みは変わらない。変化がない、というより、何を考えているのか読めない男だ。

 

「せっかくお越しいただいたのに申し訳ありませんが、 候はただいま不在で、ご挨拶はお帰りになってからとなります。そうお待たせにはならないと思いますが、御部屋をご用意致しましたので、ひとまずゆっくりとおくつろぎください」

 

ディータの詫びの言葉に、リシルは内心胸を撫で下ろした。対面する時間が先延ばしになるほど、こちらには都合がいい。

 

いっそ「疲れが出た」とそのまま休んで、対面を明日以降に延ばせないだろうか……。

 

そう申し出ても、不自然ではないだろう。実際に、リシル自身が長旅と緊張で疲弊していて、嘘ではないのだから。

 

「あの……」

 

話してみようと意識して出した高い声は、ディータの耳に届く前に途切れた。

 

先ほどくぐってきた門の方から複数の馬の蹄の音が聞こえ、こちらに注目していた周りの目が一斉にそちらにそらされる。大勢のその目は、来訪者を捉えると、例外なく喜悦の色を浮かべていくようだ。

 

粛々とした空気が、明るい雰囲気にがらりと変わった。

 

……誰だろう?

 

隣国からの客人であるアレジア嬢以上に注目され、歓迎される人とは……。

 

笑みを深くしたディータの表情も気になり、後方の来訪者に気を引かれ、振り向こうとした瞬間。

 

「 あっ!」

 

白いヴェールの端が青空に舞った。くるりと視界が回り、派手な音とともに、身体に衝撃が走る。

 

「アレジア様!?」

 

「…っ」

 

呻いたリシルが目を開けると、目の前に赤茶色の土が見えた。すぐそばの影の上にディータの靴が見えて、リシルは自分の失態に瞬時に顔色を失くした。

 

こともあろうか、おしとやかなはずのお嬢様が、無様に転ぶ姿を晒したのだ。

 

反射的に身を起こすと、めくれ上がったドレスからはみ出た足が目に入った。それを引き寄せて、慌ててドレスの裾で覆うが、時既に遅し、だ。

 

再び大注目を集めるが、その視線が痛い。顔が上げられず、リシルは唇を噛み締めた。

 

……どうしよう!

 

頭が混乱状態で、手足が固まったように動かない。一度青くなった顔は、今度は羞恥に真っ赤になっていた。

 

「大丈夫ですか?」

 

かがんで覗き込んでくるディータの顔がまともに見られないまま、リシルは無言でこくこくと頷く。早く立ち上がらなければ、と焦って身体を動かすと、左足に激痛が走った。

 

……まずい、かも。

 

脱げ落ちた白い靴をディータが揃えてそばに置いてくれるが、あまりの痛さにそれを履けそうにない。痛みは足首にまで及び、熱を持って腫れているようだ。

 

転んだ時に足首をくじいたかな……。

 

リシルの額に脂汗がにじんだ。腹部を締め付けているコルセットのきつさも相まって、だんだんと気分が悪くなってくる。

 

「アレジア様、もしかしてお御足を痛められましたか?」

 

気遣う問いに、リシルはすがるようにディータを仰ぎ見た。誰かに肩を借りでもしないと、自力では立てそうにない。ここは素直に手を借りて、すぐにもこの場を立ち去りたかった。そうでもしないと、緊張と痛みで気を失いそうだ。これ以上、住人達の注目を浴び続けるのも限界だった。

 

「すみません、足が……」

 

と、言いかけたリシルのか細い声を、かき消すように馬の蹄の音が割って入る。すぐ近くに土煙とともに黒毛の馬の蹄が止まった。

 

その音に驚いたリシルが見上げると、逆光に浮かび上がる精悍な体格の男の影。リシルを見下ろすその男の表情はよく見えない。

 

……誰?

 

いぶかるリシルのすぐ脇で、すぐさまディータが立ち上がり、その男に向かって腰を折る。

 

「お帰りなさいませ、アルヴァー様」

 

「花嫁候補が着いたようだな」

 

ディータの出迎えを軽くいなして、低音のよく通る声とともに、馬上から一人の男が降り立った。

 

身のこなしが軽やかで、淀みのない動きに目を奪われる。一目でただ者ではない雰囲気をリシルは感じ取った。

 

この人が、もしかしたら……?

 

地面に座りこんで見上げると、とても大きい人に見えるが、実際にそうなのだろう。リシルより背の高いディータを余裕で上回る上背で、何気ない立ち姿が様になっている。

 

男のまとう威風堂々とした雰囲気が、この城の主であることを如実に物語っていた。

 

そうか、この人がここの主のアヴァロン候なんだ。

 

風のように現れたその男を、リシルは痛みに潤んだ瞳で見上げる。

 

自分がこれから騙さねばならない男の姿を。

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