荒野の果てに嫁ぐもの 第22話 失望の現実

荒野の果てに嫁ぐもの 第22話 失望の現実

荒野の果てに嫁ぐもの 第22話 失望の現実

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アル、どうして……? 

 

自分を伴侶にと望んでくれていたのに、なぜ? 今までのことは、あの言葉は、全部嘘?

 

そんなはずはない、と信じつつも、疑問は次から次へとリシルの胸に浮かんでくる。

 

アルを信じたい。でも……。

 

眼差しに溢れんばかりの想いを込めるが、アルヴァーの瞳からは何も読み取れない。届かないこの距離がひどくもどかしくて、リシルはベランダの縁を掴む手に力を入れた。その拍子に、バランスを失った花篭が沿道に落ち、無残にも群衆の波に踏み散らされる。

 

アル……!

 

必死にアルヴァーを見つめるリシルに応えるように、アルヴァーも視線を外さない。だが、お互いを見つめあう時間は、皇太子妃がアルヴァーに何か話しかけたことで唐突に終わった。リシルから視線を引き剥がすと、アルヴァーは二言三言妃と言葉を交わし、何事もなかったように前を向いて沿道の人々に手を振り始める。

 

馬車はリシルのいるベランダより先に進み、その表情は見えないが、きっと皇太子にふさわしい微笑を浮かべているのだろう。それきり二度とアルヴァーは後ろを振り返ることなく、馬車は少しずつ遠ざかって行く。リシルはただ呆然と、その後姿を見送ることしかできない。

 

「美男美女でお似合いね〜。お子様のお顔は見えなかったけど、きっと可愛いでしょうね」

 

「とてもお幸せそうで、見られて良かったわ〜」

 

良い土産話ができたと喜ぶ一家とは裏腹に、リシルは放心状態でその声も耳に入らなかった。

 

嘘だ……。アルが皇太子だなんて……。

 

そう思いこもうとすればするほど、先程の光景が目に浮かんでは消える。

 

赤子を抱く女性の傍らにいるアルヴァーを。

 

そして、振り向くこともなく、行ってしまったその後姿を。

 

「……っ」

 

リシルは唇を噛み、ベランダからゆっくりと手を離す。強張っていた足をどうにか動かすと、ゆっくりと部屋の中へと戻った。そして、そのままドアの方へと足を向け、ふらりと出口へと足を運ぶ。後ろからは、皇太子夫婦を祝福する歓声が大きく上がり、その声に追い立てられるように階段をおぼつかない足取りで下りた。

 

一階の戸口の外は人の波でごった返していたが、どうにかその身を外に出すと、パレードの進行方向とは逆へと歩き始める。

 

もうアルヴァーのあんな姿は見たくない。

 

アルヴァーたちを祝福する声も聞きたくない。

 

このパレードの熱狂的な空気の届かないところへ行きたい。

 

そんな思いが、リシルの足をどんどん速め、人の少ない路地に入る頃には小走りになっていた。闇雲に歓声から逃れるように左足を引きずりながら走る。だが、どこまで行っても、さっきの光景が繰り返し浮かんでは、リシルの胸を苦しめる。

 

胸が痛いのは、息が切れるほど走るせいでなかった。

 

キリキリと突き刺すその痛さに、目に涙が滲む。

 

左足が痛みに悲鳴を上げる頃になって、ようやくリシルの足は止まった。

 

冷たい土壁を背にずるずると座りこみ、弾む息を幾度も飲みこむ。不意に喉の奥からこみ上げる塊を抑えきれずに、喉が鳴った。熱くなる目頭を両膝に押しつけ、背を丸める。誰もいない、し…んとした静けさに、リシルの嗚咽の声だけが漏れていた。

 

 

 

そうして、どのくらいの時が経っただろうか。

 

 

 

心の傷から吹き出た血を涙で洗い流し、ようやく現実を受け入れられると思えた頃。

 

重たい頭を膝から起こし、リシルはゆっくりと顔を上げた。石畳と土壁から伝わる冷たさに、身体がぶるりと震える。うずくまっていた時に、幾人かそばを通る足音が聞こえた気がしたが、もともと人通りの少ない通りなのか、今は人っ子一人いない。

 

はれぼったいまぶたをこじあけ、辺りに目をやると、物寂しい狭い路地には、夕陽の名残のオレンジ色の光が差しこんでいた。もうとっくにパレードは終わっているだろう。

 

これから、どうすれば……。

 

ぼんやりとした頭で、空を見つめて思う。

 

急に飛び出してきたニーナの家では、自分を心配しているかもしれない。だけど、あそこには戻りたくない。あのベランダから見た光景が、今でもこんなに胸を締めつけるのに、平気な顔で戻ることなどできない。

 

あそこにいれば、クレオから知らせがきて、ディーに会えるかもしれないけれど。

 

それで、ディーに会えたとしても、アヴァロン城へは帰れないのだ。帰れば、いずれはアルに会うことになる。その時、彼はなんと言うのだろう。それはきっと、自分の一番聞きたくない言葉のはずだ。

 

 

 

あれは、……アルの求婚は本気ではなかったんだ。

 

 

 

それがリシルの出した結論だった。何度違うと打ち消しても、その結論しか出てこない。アルは皇太子で、ここガウィルに美しい妃がいて、子供までいる。アヴァロン城は、多分別邸なのだろう。仕事と称して出ていたのは、首都にある本来のあるべき場所に戻っていたのかもしれない。

 

いや。きっとそうなのだろう。

 

トルテュへの道中、アルが途中から抜けたのは、自分の子供のお披露目パレードに出るためで、なにより優先するべきことだったのだ。それを自分が手助けできると思っていたなんて。

 

ついて行きたいと言われて、アルも面食らっただろう。むしろ出しゃばった真似はやめてくれ、と言いたかったかもしれない。こんな場合、まず自分の妻と愛人を会わせることはしないだろうから。

 

 

 

……愛人……か。

 

 

 

リシルの口元から、苦々しい笑いが漏れる。男の自分が愛人だなんて、考えれば考えるほど滑稽だ。アルから与えられる甘言の数々にその気になっていたなんて。いや、むしろ男だから都合が良かったのかもしれない。

 

「子の成せない身」だというのは、愛人に子供を産ませることができない身分だとすれば、「女の方が面倒だ」という言葉も納得がいく。世継ぎは他には要らないのだから、遊びなら子供のできない男の方がよかったのだろう。

 

それなのに、「花嫁」と言ってその気にさせるようなことを言われて……。

 

今思うと、そんなばかげたことに有頂天になっていた自分が馬鹿みたいだが、それならそうと最初から全て隠さずに「愛人」として迎えてくれればよかったのに。そうすれば、アレジア様を愛人にさせずにすんで良かったと、自分の存在価値を認めることができたかもしれない。

 

そして、こんなに傷つくこともなかったかも……。

 

だが、今となっては、それすらもどうでもよくなっていた。

 

もうどこにも自分の帰る場所はない。

 

モルシャルにも。

 

ガーシュインにも。

 

それがリシルの現実なのだから。

 

 

 

再びぶるっと身体を震わせて、リシルは両腕でその身を抱き締めた。石畳の冷たさは、だんだんと身体を侵食していく孤独のように、下から這い上がってきて身体を冷やしていく。

 

そのまま座り続けるのが苦痛に思えてやっと、リシルは強張った足を動かし、ゆらりと立ち上がった。どこに向かうかもわからないままに、土壁に手を当てて、ひょこひょこと歩き始める。

 

一歩ずつ足を進める毎に、左足の痛みと腫れがじわじわと増していくような気がするが、一刻も早くここを離れたい気持ちで足を前に出した。アルヴァーたちを祝福する歓喜にわく、このガウィルに居続けることが苦痛なのだ。

 

あの姿を再び見ずとも、その話題すら聞くのに耐えられそうにない。それらから逃れるために、俯いて地面を見つめたまま、重い足を引きずってあてどもなく歩く。

 

考え疲れた頭は重く、前に進む以外のことは思い浮かばなかった。

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