荒野の果てに嫁ぐもの 第24話 苛立ちと強い決意

荒野の果てに嫁ぐもの 第24話 苛立ちと強い決意

荒野の果てに嫁ぐもの 第24話 苛立ちと強い決意

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幌馬車は崩れた家の土壁のそばに置かれ、土間の跡らしき地面で燃え盛る焚き火が、まわりの壁を煌々と浮かび上がらせている。街の外れにあたるのか、人の気配はなく、物寂しい場所だ。

 

椅子代わりの木箱に腰掛けて、腫れていた左足の手当てを受けたリシルに、出来たての食事が手渡された。溶けたチーズを載せた黒パンと、野菜のスープの質素な夕食だが、今朝の軽い朝食の後、何も口にしていなかったリシルには、とても美味しく充分な量だ。火を囲み、輪になって会話を交わしながら食事を摂る。

 

男はサス、女の子はティアと名乗った。ずいぶんと歳が離れているようだが、二人は夫婦だという。二頭立ての馬車で国のあちこちを回り、主に織物を売買しているとティアが話してくれた。

 

サスは寡黙で口数が少ない分、ティアがその分をしゃべるような二人で、食事は和やかに進む。気を遣ってくれているのか、リシルに詮索をしてこないところは居心地が良い。途中で皇太子夫妻のパレードの話も出たが、リシルの顔がこわばったのを見てか、その話が続くことはなかった。

 

「それで、これからどうするんだ?」

 

食事を終えて、ティアが後片付けに席を外したところで、サスがぼそりと尋ねてきた。リシルは俯いて、自分の胸に手を当てるが、ディータから預った財布はニーナの家に置いてきてしまって、無一文の身だ。二人のおかげでひとまず空腹は消えたが、この先のことを思うと、どうしていいのか途方に暮れる。リシル自身がどうしたいという望みがないのだ。

 

「オレたちと一緒にくるか?」

 

考えあぐねているその様子を見かねてか、サスが何気ない口調で声を掛けた。

 

「え?」

 

「オレたちも根無し草で、ここに知り合いもいないしな。面倒をみてくれる奴を紹介してやれないから」

 

「……いいのですか?ご迷惑では……」

 

「いや、あんなものでよければ、食べることくらいはなんとかしてやれるし。ここで放ったら、きっとあいつが黙っていないからな」
と、ティアがいる井戸の方に目をやって、サスが片方の口の端を上げて笑う。

 

その瞳は慈しみに溢れ、見ているこちらの心まで温かくなるようだ。

 

……そうだ、これが夫婦というものなんだ。

 

理想的な夫婦像を目の当たりにして、リシルは心の中で落胆の溜め息を吐いた。きしきしと軋む胸で、自分が求めていた関係は歪だったことを思い知る。甘く夢見た時間は短かかったが、全てを失った喪失感は底知れず深い。だが、そういう関係になる前にこうなってよかったとリシルは思い直した。

 

こうなるのは当然だった。アルと私は、出会うべき相手ではなかったのだから。

 

アルに妃がいるように、私にも別な誰かがいるかもしれない。

 

まだ痛む胸を押さえながらもそう思うと、目の前の夫婦はとても微笑ましいと思えた。そこには妬みもどす黒い感情も湧かない。純粋にそう思わせる二人を交互に見ながら、恵まれた出会いに感謝する。有り難い申し出に礼を言って、その言葉に甘えることにした。

 

「私にできることがあれば、なんでも言いつけてください。仕事も覚えます」

 

深々と頭を下げるリシルに、「頼もしいな」とサスは手を差し出す。その手を握り返したところで、ティアが温かい紅茶を入れたカップを運んできた。

 

「酒の代わりに」とサスがカップを掲げる。

 

三人で乾杯して飲んだ紅茶は、少しほろ苦い香りでリシルの胸に沁みるのだった。

 

 

 

 

 

「……夕食はいかがなさいますか?」

 

「要らぬ。下がってくれ」

 

「は、はい」

 

恐々と尋ねる側仕えの方を見向きもせずに、この部屋の主は低い声で退室を促した。

 

窓を向いたその表情は見えないが、全身から発せられる怒気とも冷気ともどちらともいえぬ気が、この部屋の空気をぴりぴりとさせて居心地を悪くしている。

 

こんな主の姿は、いまだかつて見たことがない。それが心臓を握り潰しそうなほどの恐怖感を煽っていたので、側仕えは内心ほっとしながらその言葉に従ってドアを閉めた。

 

一人になると、金塗りの椅子から腰を上げた主は、広い室内を落ち着きなく歩き回り始めた。時折、唸り声を漏らしたり、髪を掻きむしったりしながら。

 

「どういうことだ、どうしてリシルがあんなところに……!」

 

苛立たしげに呟くそのセリフは、もう幾度目だろうか。

 

これまた何度目かになるであろう深い溜め息を吐いて、アルヴァーは暗くなった外へと目を向ける。

 

ディータからの知らせ、もしくはディータ自身の到着を一日千秋の思いで待つしかないが、トルテュへは使いを出したばかりで、どう急いでも丸二日はかかる。その間にリシルがここを離れたら、と思うと、アルヴァーはすぐにでも飛び出していきたい衝動に駆られている。

 

それを抑えこむのに、こうして意味もなく室内をぐるぐると歩き回り、どうしてこういう経緯になっているのか推測するしかない。

 

俺が自由に動ければいいのだが。

 

そう詮無いことを考えても、それが許されない状況で、今はただ報せを待つしかない。

 

このままリシルを失うかもしれないという不安を頭を振って打ち払い、努めて冷静に状況を分析しようと、アルヴァーは再び椅子へと腰を落とした。

 

どうしてだかわからないが、トルテュにいるはずのリシルがこのガウィルにいる。

 

パレード終了後にあの家を突き止めたいと思ったが、この城の側仕えにはそんな頼み事ができるはずもなく、唯一の頼みの綱の伝達係のヤニスは、トルテュへの使いを任せて不在だ。とにかく、ディータが来ないことには、なにもできないのが歯痒い。

 

今すぐにリシルの所在を確認したいのに、そうできない今の自分が口惜しい。

 

すぐに会って、話がしたい。

 

あのベランダにいたリシルの姿が目に焼きついて離れない。

 

信じられないとばかりに首を振って、大きく見開いた目が、青ざめた顔が、何度も何度も鮮やかに甦って、アルヴァーの胸に狂おしいまでの痛みを生む。

 

きっと、リシルは自分に失望しただろう。

 

あれほど熱烈に求愛してきた相手が、実は不実な男だと思ったに違いない。

 

そう思っても不思議ではない。自分が説明をしなかったのが悪いのだ。当然の反応だろう。

 

いや、トルテュから帰ったら、すべてを話すつもりだったのは本当だった。それで、リシルの理解を得るつもりだったから、なにも問題はないと思っていた。それが、まさかこんなアクシデントが起こるとは、まったく想定していなかった。

 

あのパレードを、リシルが見ることになろうとは。

 

……これが運命というものだろうか。

 

もたれた椅子の背が、ギシリと悲鳴を上げた。

 

「運命、か……」

 

我知らず苦笑が漏れた。天井を仰いで、まぶたを閉じる。

 

どうしても手に入れたいと願った。その為に、後先を考えずに行動したことも、まわりに迷惑をかけたこともある。

 

そうやって、手を尽くし、苦労して、ようやくこの手につかんだと思っていたのに。

 

「リシル……」

 

吐息とともにその名を呼んだ。

 

今、どこにいるんだ。

 

アヴァロン城はさておき、トルテュやガウィルは彼にとって未知の地だ。

 

そんなところに、一人でいて無事だろうか。

 

心細くないだろうか。

 

この国自体は、決して治安は悪くないが、目立つあの容姿だ。不埒な輩が目をつけないとも限らない。そう思うと、悪い想像が次から次へと浮かんでくる。

 

それにしても、と、アルヴァーは目を開け、思い切り眉を寄せて空を睨んだ。

 

「ディーは、なにをしていたんだ!?」

 

例のベランダに、ディーの姿はなかった。もし部屋の中にいたとしても、未だにこちらに連絡がないのがおかしい。その上、あの場に数人いた男女に見覚えはない。

 

あれほど目を離すなと言いつけておいたのに、いったいディーはなにをしていたというのか。

 

リシルを一人にした責任を問いただして…… と思ったが、いや、違うと首を振った。

 

まずは、リシルの所在と安否を確認しなければ。

 

ファビウス家の使用人として過ごしたせいなのか、世間ずれしていないところがあるリシルだ。一人でアヴァロン城へ帰りつくことができるだろうか、と心配になる。その問題以前に、自分に愛想をつかして、アヴァロン城に寄りつきもしないかもしれないが。

 

愛想をつかして、……嫌われたかもしれない。

 

そう考えたら、冷や汗で背筋が冷たくなった。あの状況から、その可能性が高いと思うから尚更だ。

 

リシルの性格からして、こちらに文句や不満をぶつけることは考えられない。どちらかといえば、黙って身を引きそうな気がする。ありえる想像に、握った拳に自然と力が入る。

 

「冗談じゃない!」と、アルヴァーは勢いよく立ち上がった。

 

やっと手の届く距離まで近づけたというのに、今更手放す気などあるはずもない。遠くからただ見ているだけの時間は終わったのだ。

 

リシルにも、自分という存在を知らしめ、ようやく意識してもらうところまできたというのに、自分から離れることを許す気など毛頭ない。

 

猛る気持ちのまま、窓辺へと足を運び、窓を開けて夜気を部屋へと呼びこむ。月明かりもない暗い庭園を見つめる瞳には、凛とした光が宿っていた。

 

それはまるで、獲物を逃すまいとする鷹のような目だ。

 

無名の小さな村で別れる時には、もうお互いの想いが同じものだと感じていた。何事もなくアヴァロン城に戻れば、伴侶としての生活を始められると思うほどに。

 

あの時、確かに俺たちの気持ちは通じ合っていた。

 

だから。

 

「……逃がさない」

 

強い決意に細められた目が、一層鋭い光を放つ。

 

リシルを手に入れるために背負った枷で、リシル自身を失うことなど本末転倒だろう。

 

アルヴァーが唯一失いたくないのはリシルだ。それ以外に執着はない。

 

これほどの想いをリシルに知られたら、思いっきり引かれるかもしれないな。

 

自嘲じみた笑いを浮かべたその時、控えめなノックが耳に届いた。返事をすると、先程の側仕えが遠慮がちに入室する。

 

「レティーシャ様がお呼びです」

 

「……わかった。すぐ行く」

 

窓を閉めると、アルヴァーはきびすを返した。皇太子妃に会うために、大股で部屋を横切る。

 

今やるべきことをきっちり終わらせる。

 

それからだ。

 

アルヴァーは大きく息を吐くと、顔を引き締めた。

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