荒野の果てに嫁ぐもの 第26話 恩人との再会

荒野の果てに嫁ぐもの 第26話 恩人との再会

荒野の果てに嫁ぐもの 第26話 恩人との再会

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ファルタ行きの馬車に乗って、走ること丸一日。

 

そろそろ陽も落ちようかという頃になって、目的地の町外れにたどり着いた。緩やかな丘陵に、ぽつぽつとレンガ造りの家が点在する小さな町だ。町の小ささゆえか、見かけた人に尋ねると、すぐにバートラムの家はわかった。そう遠くなさそうなので、歩いてその家に向かうことにした。

 

夕焼け色に染められた木々や家、丘や山は眺めるだけで癒される。牧歌的で美しい景色を楽しみながら進むと、ほどなくして目当ての家が右手に現れた。夕陽の鮮やかなオレンジ色の光に照らされて浮かぶのは、二階建てのこぢんまりとした古家だった。

 

丘の上の小さな林を背後に、周りは低い木の柵に囲まれ、小さな花壇には色とりどりの花が咲いている。その様子が、アレジアとバートラムの小さな幸せを表しているようで、微笑ましく思えた。

 

一歩近づく毎に、緊張でだんだんと鼓動が速まるが、どんな顔で会えばいいのだろうと下を向いて考えるうちに、いつの間にか玄関ドアの前に立っていた。肩の力を抜こうと、深く息を吐いて顔を上げた途端、ドアが勢い良く内側から開く。

 

「おかえりなさい、あなた」

 

その勢いにリシルが思わず仰け反ると、似た顔をした相手が瞠目する。

 

「あら? ごめんなさい。夫かと思って……」と、恥じらいの混ざった笑顔で謝ると、その女性は小首を傾げた。

 

「あなた、どこかで……」と言いかけた時、不意に女性の瞳が煌めいた。

 

「も…しかして、リシル?」

 

聞き慣れたその声が自分の名を呼ぶのを耳にして、リシルの胸が喜びで一杯になる。

 

「そうです、アレジア様。お久しぶりです」

 

「そうだわ、その声も顔もリシルだわ! どうしたの? その髪……」

 

短く茶色に変わっている髪を見て、アレジアは驚いたようだ。髪の印象が強くて、最初はリシルだと気づかなかったらしい。

 

「これは、いろいろとあって……」

 

微かに曇ったリシルの表情に気づいたのか、アレジアは続きを遮るようにリシルを抱き締めた。

 

「ア、アレジア様?」

 

慌てるリシルに「様はよして」とアレジアが笑う。

 

腕を緩ませてリシルを見つめると、「もうファビウス家のお嬢様じゃないんだから」とウィンクしてみせた。

 

その仕草が新鮮で、離れていた間にアレジアが身近な存在に変わったのを感じた。高貴な貴族のお嬢様という雰囲気は消え、気の良い田舎の若奥さんといった印象だ。バートラムとの新婚生活はうまくいっているのだろう。輝くような笑顔が、それを物語っていて、リシルはほっとしたのだった。

 

「中に入って。もうすぐ、バートラムも帰ってくると思うわ」

 

嬉しそうに腕を引くアレジアと一緒に玄関を入ると、そこは四角いテーブルがひとつと椅子が四脚ある居間だった。

 

ファビウス家の屋敷とは比べ物にはならないが、古くて狭いながらも、年季の入った床は磨きこまれ、手作りのファブリックが点在する温かい雰囲気の部屋となっている。左奥には間仕切りの萌黄色のカーテンが引かれていて、多分その奥はキッチンなのだろう。夕食とおぼしきシチューの匂いが、ほんわりと漂ってくる。

 

「お茶を淹れるから、そこに座って」

 

「あ、それなら、わたしが……」

 

「いいから、待っていて。あなたはお客さんよ。私もあなたほどではないけど、腕を上げたんだから」と、リシルを椅子に座らせると、アレジアはカーテンを払ってキッチンへと入っていった。

 

ファビウス家にいた頃は、自分がお茶を淹れる立場だったので、こういう逆の状況は、なんだか申し訳なさとくすぐったい気持ちが混ざった不思議な気になる。落ち着かずに腰が浮きそうになるのを抑えながら、リシルはアレジアを待った。

 

ほどなくしてトレイを持ったアレジアが戻ってくると同時に、玄関からバートラムが入ってきて、三人は立ったままで再会を喜び合った。「無事でよかった」と喜ぶバートラムに、リシルの胸に安堵の気持ちが広がっていく。受け入れてくれる二人の表情に、一人ではない安堵感をしんみりと味わうリシルだった。

 

促されて椅子に落ち着くと、三人はアレジアの淹れるお茶を前にお互いのことに話を咲かせることになった。陽の落ちる頃になると、アレジアの手料理が振舞われ、それに舌鼓を打ちながら、話の尽きない夕食が続いた。

 

アレジアとバートラムは、この地に着いてすぐ、この家をバートラムの親戚から譲り受け、新たな生活を始めたという。二人についてきた侍女は、バートラムの実家に住み込みのお手伝いとして身を寄せ、元気に暮らしているらしい。今でも、毎日のように会っていて、アレジアともどもここの暮らしに馴染んでいると聞いて、リシルは自分のことのように嬉しく思う。あの時別れてからこちら、三人のことが心配だったので尚更だ。

 

ひとしきり二人の話を聞いた後は、リシルの話に移った。リシルはどう話そうかと少し逡巡したが、当たり障りのないことを淡々と話すことにした。

 

あの後、城についてすぐに偽者とばれたが、側仕えとしてしばらく過ごした後に、隙を見てこちらに逃げてきた、と。

 

もちろん、アルヴァーの求愛についての下りは略した。二人に心配をさせたり、不要な問いを避けるためでもあり、なによりつらい過去を思い出したくないからだ。

 

俯き加減で語るリシルに、アレジアは眉を寄せてその手に右手を重ねる。

 

「ごめんなさい、リシル。身代りを頼んで、あなたを大変な目に合わせたりして」

 

リシルの肩がびくりと震えた。

 

アレジアの言葉は、ここに来るまでの難儀な様子を揶揄していたのだろうが、一瞬アルヴァーとのことを見透かされて言われたように感じて、つい反応していた。

 

「い、いえ。こうして二人が幸せに暮らしているのなら、引き受けた甲斐がありました」
とにっこり笑うと、「そう?」とアレジアは微笑んだ。

 

そうだ、自分が暗い顔をしていたら、アレジアが心配する。

 

あの時の状況から仕方ないとはいえ、身代りを頼んだアレジアも気を揉んだに違いない。余計な気を回させないためにも、しっかりしないと。

 

リシルは、気を引き締めるとともに笑顔を作る。それは、傍から見ると、今までになくぎこちないものだった。

 

 

 

食後のお茶も飲み干した頃。

 

リシルは、アレジアに二階へと案内された。キッチン脇の階段を上がると、左右に二つのドアがあり、左手が夫婦の部屋、そして右手がリシルの部屋だと教えてもらう。

 

「わたしの、ですか?」

 

「そうよ。いつ来てもいいように、用意しておいたの」

 

そう言われて灯りを手に中に入ると、そこはベッドとチェストが置かれている小さな部屋だった。洗い立てのシーツで、きちんとベッドメイクもされて、いつでも使えるようになっているベッドを見て、リシルの胸に熱いものがこみ上げてくる。

 

「長旅で疲れたでしょう? ゆっくり休んでね」

 

これからのことは明日話しましょう、と言ってアレジアがドアを閉めた後、リシルはベッドに腰掛け、ふうっと息を吐いた。ようやく落ち着ける場所にたどり着いたという安心感で、身体中の力が抜けた感じがする。

 

初めて訪れた土地だが、アレジアたちがいるだけで、ずいぶんと心強い。これからこの町で暮らしていくことになるのだとすれば。

 

ふらりと立ち上がり、窓辺に歩み寄ると、窓の外は夜の帳に星が瞬く景色が広がっている。

 

これから、ここで……。

 

そう呟きながら、リシルの瞳は南の空を見つめていた。

 

 

 

 

ファルタでの生活は、実にゆったりとしたものだった。

 

これといった仕事もないリシルだが、ゆっくり起きていいというアレジアの言葉に甘えることなく、朝早く起きて朝食の支度を手伝うのが一日の始まりだ。この数日というもの、アレジアの家事を手伝いながら、バートラムのちょっとしたお使いをするくらいなので、日々の時の流れがひどく遅く感じる。

 

手持ち無沙汰な時間が、もどかしくもあるが、こういう癒しの時間も必要だと思いながら……。

 

ふと気がつくと、南の方をぼんやりと眺めてしまう自分に、まだ忘れられないのか、と溜め息が出る。

 

「この辺で休憩にしましょう」

 

朝食後から始めた庭の手入れが一段落すると、アレジアはお茶の支度をするために家の中へと姿を消した。

 

リシルは、庭の片隅の木陰の下に古びたキルトを敷くと、戻ってきたアレジアからトレイを受け取り、お茶を淹れる。オーソドックスな紅茶の香りを楽しみつつ、アレジアの焼いた素朴ながらも味わい深いクッキーをつまんだ。木の葉を揺らす涼しい風を受けながら、ティータイムを過ごすのは至福の時だ。

 

だが、そんな時でも、リシルの視線は無意識にある場所へと向かうのだった。

 

「ねえ、リシル?」

 

ぼんやりとしていたリシルの耳に、アレジアの遠慮がちな問い掛けが届く。

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