荒野の果てに嫁ぐもの 第27話 叶わぬ、想い

荒野の果てに嫁ぐもの 第27話 叶わぬ、想い

荒野の果てに嫁ぐもの 第27話 叶わぬ、想い

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「はい」と返事をしながらリシルが顔を向けると、そこにはアレジアの真摯な瞳があった。

 

「私に隠していることはない?」

 

「えっ?」

 

不意打ちの問いに、リシルの胸がどきりとする。うろたえて目を泳がせてしまい、とっさには動揺を取り繕うことができない。

 

「どうして……、そんなことを?」

 

強張った声で聞き返すと、なだめるような笑顔を浮かべて、「そうね…」と思案するようにアレジアが返す。そのすべてを見透かされているような様子に、リシルの胸にひやりとしたものが流れた。

 

まさか、アルとのことを知っている……?

 

そんなことはあるはずがないと内心で否定しながらも、次の言葉を待つ間に、リシルはこくりと唾を飲んだ。

 

「あなたが、とても苦しそうな顔を時々するから」

 

「えっ?」

 

とっさに片手で口を覆うが、それがどういう意味かがすんなりとは理解できない。

 

苦しい顔って、どんな顔だろう……。

 

俯いて眉を寄せるリシルに、ふっとアレジアが笑った。

 

「ねえ、好きな人でもいるの?」

 

「…っ!?」

 

ストレートな質問に、弾かれたようにリシルの顔が上がった。さっと刷毛で塗ったように頬が赤くなり、あからさまな狼狽を見せる。それを見たアレジアは、「やっぱり」という表情を浮かべていた。

 

「そ、そんな人は…っ」

 

「私もバートラムのことで、同じようなことがあったから、わかっちゃうのよね」

 

「……」

 

もはやどんなことを言っても墓穴を掘ってしまいそうな流れに、リシルは口を噤んで、アレジアの言葉を聞くことだけに集中する。この後になにを言われるのか、戦々恐々の面持ちで。

 

「切なそうな目で、ガーシュインの方ばかり見ているんだもの。向こうに好きな人ができたんでしょう?」

 

「……っ」

 

確かに自分でもぼんやり南の方角を見ていることは自覚していたが、そんなにあからさまな様子だったのだろうか。傍目にもわかるほどに。

 

どう返答したらいいものか、焦って視線を彷徨わせるリシルに、アレジアは畳み掛けるように話す。

 

「私のことで引け目があって諦めたのなら、遠慮はしないでガーシュインに行ってもいいのよ。あなたがそばにいてくれるのは嬉しいけど、それ以上に、あなたには幸せになって欲しいから」

 

「違います!」

 

そうではないのです、とリシルは泣き出しそうな顔で首を振った。

 

いつも穏やかな表情しか見たことのないリシルが、ここまで表情豊かになるなんて、ずいぶんと変わったものだわ、と思いつつ、アレジアはその取り乱し様が心配になる。

 

「なにがあったの? よければ話してみない?」

 

楽になるかもしれないから、と促すが、リシルはなかなか重い口を開こうとはしなかった。

 

緑の下の濃い木陰に、涼しげな風が通り過ぎていく。ティーポットの紅茶も冷めて、これは長期戦かしら、といよいよ腰を据えようとしたアレジアに、リシルはぽつりと漏らした。

 

「叶わぬ、想いなのです」

 

悲壮な声色に、リシルの悲しみが透けて見えた。すっかり消沈したその様子に、アレジアは思いっきり顔をしかめる。下を向いているリシルは気づいていないが、
私の可愛いリシルにそんな思いをさせて、どうしてくれようか、と姉御肌の顔だ。顔も似ているが、一緒に過ごした時間が長かったので、自分の弟のような感覚なのである。

 

「叶わない、って、諦められるの?それとも、なにか問題でもあって……?」

 

「そうです。好きになってはいけない相手だったから」

 

尻すぼみに小さくなる声に反して、アレジアの鼻息はますます荒くなってくる。

 

「その問題って、例えば、私とバートラムみたいな身分違いとか?」

 

それならどうにでもできるじゃない、とでも言いたげな口調に、リシルは小さく首を振る。

 

その問題もあるが、同性である上に、妻子のある人なのだ。自分がどう頑張っても、足掻こうとも、どうしようもできない相手だから。

 

「もう、いいのです。すみません、心配をかけてしまって。……お茶を淹れ直してきますね」

 

「リシル……」

 

ティーポットを手に取ると、リシルは目を逸らして家へと向かう。その後姿を見ながら、アレジアは腕組みをして、唇を尖らせていた。

 

 

 

 

はあ、と大きな溜め息を吐くと、リシルはポットを置いたテーブルに手をついた。突っ込んだ質問にも驚いたが、アレジアに指摘されるくらい、自分がまだ未練がましくアルのことを引きずってしまっていることに心が痛んだ。

 

忘れようとすればするほど、逆に想いが深くなるのがつらい。

 

モルシャルに戻ってくれば、記憶も薄まると思ったのに、少しもアルとの思い出が色褪せないのだ。

 

目を閉じると、荒野の風に艶やかな髪をなびかせ、風の精のような凛とした立ち姿が鮮明に甦る。笑いかけてくる精悍な顔、自分を呼ぶ低音の響く声、髪を触られる時の男らしい指の感触、抱き締められた時の腕の力強さ。

 

目が、耳が、肌の感覚が、どれも鮮やかなままに忘れられないでいる。自分がこんなにも誰かに執着するなんて、今でも信じられない。

 

……でも、それは相手がアルだから。

 

あんなに心を奪われた相手はいない。これからも、それ以上の相手が現れないだろうと思うほどに。そんな相手に、しっかりと別れを告げないままに離れてしまったのも、忘れられない原因だと思う。

 

面と向かって問いただす勇気もないのに、そんな詮無いことを思っても仕方ないのに。

 

ふ…と苦笑が漏れた。

 

いったいいつになったら、この苦しみから解放されるのだろう。

 

どのくらい、時を過ごせば……。

 

答えのない問いに惑うように、リシルはしばらくその場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 

「ん〜、いい出来ね!」

 

初めてリシルが焼いたアップルパイを試食したアレジアは、にっこり微笑んで、「これなら、お客様にお出ししてもいいわ」と太鼓判を押してくれた。

 

早速午後のお茶の時間に客が来るというので、これでおもてなしをすることになる。

 

「どこの奥様ですか?」

 

「違うわ。遠方からのお客様よ。あなたも良く知っている方ね」

 

てっきり近所の人が来ると思っていたリシルは、その言葉に目を丸くする。

 

自分も知っている人って、誰だろう……。

 

遠方というと、ファビウス家に関わる人くらいしかここに来ることはないと思うが、アレジアの駆け落ちはまだ知られていないらしいので、それもありえない。

 

かといって、アヴァロン城の誰かが訪れるというのも、アレジアの様子からは考えられないことだ。なにしろ、アレジアと面識のある人がいるとは思えないからだ。

 

「誰ですか」と問うも、「会ってのお楽しみ」と、アレジアは教えてくれない。

 

ハミングをしながら、昼食の準備を始めたので、リシルも自分の知っている人を頭に描きつつ、それを手伝う。

 

あの話をしてから、この数日間、アレジアは普段通りに接してくれて、リシルはほっとしていた。

 

気持ちの整理がついた、とは到底言いがたいが、この穏やかな生活が少しずつ心を癒してくれる。

 

いつの日か、心が乱されることもなくなるはずだから……。

 

この時のリシルは、そう思っていた。

 

この日の午後までは。

 

 

 

 

「お客様が来るまで、先にお茶を頂きましょう」

 

「そうですね」

 

後は客人を待つだけとなったテーブルにつき、リシルはアレジアがトレイを運んでくるのを待った。

 

かたんとテーブルの上にトレイが置かれると、ふわりとお茶の香りが鼻をくすぐる。その香りに既視感を覚えたリシルは、あっと小さく声を上げた。

 

「これは…っ」

 

「良い香りでしょう?頂き物なの。珍しい紅茶なんですって」

 

「……」

 

リシルは、目の前に置かれたティーカップを呆然と見つめる。

 

まさか、再びこのお茶を飲むことはできるとは思わなかった。

 

この香りは、まさしくアヴァロン城で飲んでいた“無垢な癒し手”入りの紅茶だ。アヴァロン城を出て以来、ガーシュイン国内でも見かけたことがなく、もう二度と飲めないと思っていたものだった。

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