荒野の果てに嫁ぐもの 第31話 再会

荒野の果てに嫁ぐもの 第31話 再会

荒野の果てに嫁ぐもの 第31話 再会

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「思ったより、お早いご到着でしたね」

 

ディータの穏やかな声が左手から聞こえた。そちらに視線を巡らせると、彼はいつもの笑みを浮かべ、玄関のドアの方を向いているようだ。対峙する相手が見たくて顔を傾けると、その人物が見える前に低い声が耳に届いた。

 

「ヤニスが全部吐いたぞ。おまえが俺を謀ったことをな」

 

久しぶりに聞くその声に、リシルの胸がいっそう高鳴る。

 

やっぱり、アルが……

 

苦味を含む酷く疲れたような声に、少し心配になりながら、リシルは声の主を探す。右手のドアの前にその長身を見つけ、胸の前で両手をぎゅっと握り締めた。

 

アル、だ……。

 

突然目の前に現れたアルヴァーに、胸が詰まりそうになる。心の準備もないままの再会で、驚きと喜びで目頭が熱くなり、声が漏れそうになって、震える手で口元を覆う。

 

でも、どうして、ここにアルが?

 

幻ではないのだろうか、と瞬きを繰り返してみるが、凛とした立ち姿はそこから消えることはない。その愛おしい想い人の姿は、アヴァロン城でもガウィルでも見たことがないものだった。

 

無造作に羽織ったマントも、長めのブーツも薄汚れ、艶やかだった黒髪はざんばら髪で、全体的にくたびれた印象だ。だが、やや頬がこけ、輪郭が鋭角になった顔に無精髭があると、野性味を増した男の色香が漂い、また違った魅力に映る。疲労感の残る表情が気にかかるが、それすらも魅力に思え、リシルの気持ちは浮き立つばかりだ。

 

どんな姿をしていても、やっぱりアルが好きだ…… 。

 

惚れた欲目か、普段の姿はもちろん、あのパレードの時の正装も苦い思い出だがよく似合っていたし、今の姿も惚れ直すくらい格好良いと思う。そう思うから、困ることになるのだが。

 

本当に、こんなに好きな相手を諦めきれるだろうか……。

 

こんな風に姿を見てしまったら、果たしてお礼だけ伝えて別れることができるのか、リシルは自信がなくなってきていた。今でさえ、飛び出していきたい衝動を必死で抑えているところだ。アルヴァーの前に立ったら、自分がなにをしてしまうかわからない怖さがあった。

 

ひとまずここは、姿を現さずに隠れた方がいいだろうか、と俯いて逡巡しているその耳に、二人の会話が飛びこんでくる。

 

「全部、ばれてしまいましたか」

 

少しも悪びれた様子のないディータの返答に、アルヴァーは、はっと短く笑った。

 

「よくも、いけしゃあしゃあと言えるものだな。道理でいつまで経ってもリシルが見つからないわけだ。捜索を任せていたおまえ自身が、リシルの存在を隠していたんだからな」

 

えっ?

 

アルヴァーの言葉に、リシルは目を見開いた。

 

ディーが、私、を?

 

アルヴァーの怒りを抑えた声色が、ディータを責めているように聞こえるが、リシルはその会話の意味が理解できないでいた。

 

隠していた、とは、どういうことだろうか。

 

そのせいで、アルが捜してくれていたのに、自分が見つからなかった?

 

それは、どういうことなのだろう?

 

疑問を抱えながら、見つめる居間の不穏な雰囲気に眉根を寄せる。

 

「俺のリシルへの想いは、おまえもわかってくれていたと思っていたが……。俺たちを引き離したいと思うほど、リシルをあの城に入れることは反対だった、ということか?」

 

……えっ?

 

苦々しい表情で話すアルヴァーの言葉に、リシルは思わずディータの顔に目を向けた。アルヴァーの口から語られることは、驚くことばかりだ。

 

ディーが、私を疎ましいと思っていた?

 

そんな……。

 

アルの言い分によると、自分をアルから離すために、自分の存在を隠した、ということだろうか。

 

それでは、トルテュではぐれたのも、ディーがわざと……?

 

まさか、とリシルは即座に首を振った。そんなことをされるほど、嫌われているなんて思いたくもない。

 

……ディーが、そんなことをするはずがない。

 

そう心の中で否定するリシルの耳に、「そうではありません」というディータの声が届き、強張っていた肩の力が抜ける。視線を向けた先のディータの顔は、変わらず優しい笑みを浮かべていた。

 

「お二人には、しばらく時間と距離が必要かと思いまして。一度リシル様には自分のお気持ちと向かい合っていただくために、僭越ながら、お手伝いをさせて頂きました」

 

「手伝いだと? お前がやる必要があったのか」

 

アルヴァーの眉間の皺が深まるにも関わらず、ディータは少しも怯まずに余裕の表情で頷いた。

 

「傍から見た方が、良く見える場合もありますから」

 

「なに?」

 

「リシル様が命の恩人への義務感や、あなた様の押しの強さに流されて、伴侶の話を承諾されるのはどうかと思ったのですが……。どうやらそれも杞憂だったようです」

 

「だから、どうしておまえが……」

 

「今まで散々アゴでこき使われてきましたから、このくらい当然でしょう」

 

思い当たる節があるのか、ぐっと苦虫を噛み潰したような顔で黙るアルヴァーに、ディータはしてやったり、という顔で笑む。

 

二人のやり取りをカーテンの隙間から見ているリシルには、なんのことだかさっぱりわからないが、刺々しい雰囲気が少し和らいだのがわかって胸を撫で下ろした。この主従関係には、リシルにはわからない信頼関係があるらしい。

 

それをうらやましいと思う自分を自覚しつつ、リシルは二人の会話の行方を息を詰めて見守っていた。どういう展開になるのか、予想もつかないままに。

 

「リシル様がアヴァロン城へ戻りたいとおっしゃるなら、私としても喜ばしいことです。気難しい主のお世話が減るでしょうから」

 

「……おまえ……」

 

不満げな目を向けるアルヴァーに、ディータはにっこり微笑むと、ゆっくりと足先をこちらに向けた。まっすぐにこちらに歩いているディータに気圧されたように、リシルはカーテンの陰から身を離す。

 

「そのリシル様ですが、良いお返事が聞けるといいですね」

 

さっと勢い良く目の前のカーテンが開けられた。そうして、すっと脇に退いたディータの向こうに、アルヴァーの姿が見える。

 

その目は軽く見開かれていた。

 

信じられないものでも見るように、リシルの頭のてっぺんから爪先までを眺め、再び顔に戻り、眉を寄せた。

 

「……っ」

 

その視線から、リシルは咄嗟に自分の髪を押さえる。短くした髪は長くなっていないし、色も茶色に染めたまま、元に戻していなかった。あれほど気に入っていた髪がこんな風になっていて、さぞかしアルヴァーは驚いているのだろう。

 

そう思うと、リシルは居たたまれなくなって、後ろに一歩下がった。その仕草に、アルヴァーの目がすぅっと細められる。と思ったら、足音も荒くリシルに近づくと、その手首を掴んだ。

 

「…アル…!?」

 

「アルヴァー様、手荒なことは……」

 

そう言うディータを一瞥すると、「もう邪魔はするな」と低く言い置いて、リシルの手を引いてドアへと向かう。

 

これはどういうことだろう、と混乱するリシルが後ろを振り返ると、二人とも肩を竦めて苦笑を浮かべていた。

 

 

 

 

「ま、待ってください。アル、…あっ」

 

歩の速さを緩めないアルヴァーに、リシルが追いつけずにつまずくと、「おっと」と転ぶ前にその胸に抱きとめられた。

 

「すまん。足は大丈夫か?」

 

左足を見て心配するアルヴァーに、はい、とリシルは返事をするが、胸が痛いくらいに鼓動が速くて、まともにアルヴァーの顔を見られない。

 

そっとその胸から離れると、気遣うようにゆっくりと歩き出したアルヴァーに、手を引かれるままについていく。離すまいというように強く掴まれた手首が、熱を持ったように熱かった。

 

どこに行くのだろうと思う間もなく、二人はアレジアの家の横にある丘の上へとたどり着いた。ここは小さな森の端で、大きな樫の木が堂々とした風情で大振りな枝を伸ばしている。

 

アルヴァーは羽織っていたマントを外すと、その木陰に広げ、リシルに座るように促した。戸惑いながらもリシルがそうすると、その隣にアルヴァーも腰を下ろした。

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