荒野の果てに嫁ぐもの 第33話 昔語り

荒野の果てに嫁ぐもの 第33話 昔語り

荒野の果てに嫁ぐもの 第話 

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「泣き顔も可愛いが、そろそろ泣きやんでくれないか?」

 

「だって…、あなた、が……っ」

 

責める言葉は続かなかった。ついばむように唇に落ちたキスが、だんだんと深さを増したから。

 

「んっ、…ふ」

 

息が苦しくなった頃、ようやく唇は解放されて、代わりに身体は逞しい腕に拘束される。リシルを胸に抱いたまま、ごろりとアルヴァーが寝転ぶと、ふわりと草と土の香りが強くなった。それに、彼の汗の匂いが混ざる。

 

アルヴァーの胸に耳を当てたまま、リシルは鼻をすすり、その懐かしい匂いを吸いこんだ。大好きなアルヴァーの匂いだ。

 

「アヴァロン城に帰ったら、早速結婚式をあげよう」

 

声とともに胸から伝わる振動の心地良さを惜しみながら、リシルは顔を上げてアルヴァーを見た。

 

眉根を寄せたその表情に、「ああ」と合点して、色の変わったリシルの短い髪を撫でる。

 

「あのパレードの裏話をしないと、納得できないはずだな」

 

そう言うと、アルヴァーは再びリシルの小さな頭を胸の上に誘導して、「さて、どこから話そうか」と大きく息を吐いた。ゆっくりと頭を撫でる手の感触を気持ちよく感じながら、リシルは一言も聞き逃すまい、と耳を傾ける。耳を当てた胸の奥から響く声に。

 

「今から二十六年前、ガーシュイン国に王子が生まれた。名は、アルヴァー=バルク=ガーシュイン。……俺のことだ」

 

「………」

 

リシルの肩がぴくりと揺れる。

 

やはり、アルは皇太子、なのだ。

 

そう思うと、自分との身分の差にどうしても気後れする。たとえ、アルが自分を伴侶と言ってくれた今でさえ。

 

そんなリシルを気遣ってか、アルヴァーがもう片方の手であやすように背中を数度、ぽんぽんと叩いてくれる。大丈夫だ、と言ってくれているようで、それでリシルは肩の力を抜くことができた。

 

アルヴァーはリシルの気持ちに合わせて、ゆっくりと話の続きを語る。

 

「だが、その年に生まれた王子は一人じゃなかった。もう一人の名は、クレヴァー。俺たちは双子だった」

 

双子……? 

 

では、パレードで見たのは……と思いかけて、リシルは自分の考えを即座に否定した。

 

あれは、確かにアルヴァーだった。

 

いったい、なにがどうなっているのだろう?

 

話は序盤に過ぎず、謎はまだ謎のままだ。疑問符が飛び交う頭の中を整理することは諦めて、リシルはアルヴァーの話に意識を集中する。

 

「双子の皇太子というのは、我が国でも珍しく、古い考えを持つ者には忌み嫌われることもある。そう父王たちは考えて、生まれた当初からクレヴァーの存在は隠された。我が国の秘密として」

 

これは王家の秘密で、数人しか知らない事実だ、と言われ、リシルの胸は震えた。

 

そんな重大なことを打ち明けられたことに恐れを感じて。

 

「先に生まれた俺は、皇太子となるべく育てられた。だが、片方の存在が表に出ない、というだけで、俺たちは分け隔てなく、親の愛情も等しく与えられたし、クレヴァーは成人したら貴族として王家を出る予定だった」

 

柔らかな口調が、恵まれた境遇を物語るようで耳に優しい。弟のクレヴァーへの愛情も慈しみも感じられる語りだ。

 

「俺たちは、親でさえ見分けがつかないくらいそっくりで、時々入れ替わって相手になりすましていたくらいだ。俺たちに施された教育は、どちらが皇太子になっても遜色がないくらい充分なものだったから、冗談でどちらが後継者になっても構わないよな、なんて言いあっていた」

 

思い出し笑いに震える胸の振動を感じながら、リシルはアルヴァーの話に聞き入っていた。

 

アルヴァーとそっくりだというクレヴァーに興味が湧いてくる。

 

どんな人なのだろう?

 

実際に会ってみたら、見分けがつくだろうか、と考えて、リシルの顔に笑みが浮かぶ。

 

いつか会ってみたいかも……。

 

そう思いながら、リシルは黙ってアルヴァーの話の続きを待った。

 

「……あのままなにもなければ、俺はそのまま皇太子になっていただろう。だが、転機が訪れた。ひとつは、おまえとの出会いで、もうひとつは、クレヴァーの病だった」

 

自分との出会いと、弟の病気?

 

思わず顔を上げてアルヴァーの顔を見ると、苦笑を浮かべてリシルを見つめる瞳があった。漆黒の瞳には、複雑な表情が浮かんでいる。

 

見つめていると胸が苦しくなりそうで、リシルは元の位置に頭を戻した。そうすると、再びアルヴァーが優しく頭を撫で始めて、その温かな感触をリシルは味わう。

 

「俺がおまえに出会ったのは、クレヴァーになりすましてこの国の孤児院に慰問に来ている時だ。あの時は時間の余裕がなくて、遠目でおまえを見かけただけだったが、それで充分だった」

 

後から思うと、あれは一目惚れだったんだな、というアルヴァーの言葉を、リシルは頬を染めて聞いた。

 

自分にはそういう覚えはないのだが、どうして記憶に残っていないのか、今となっては悔いが残る。その頃の自分に戻ってみたい、と思うほどに。

 

「寝ても覚めてもおまえのことが頭から離れずに、当時は悶々と悩んだな。男相手に、どうしてそういう感情を持ったのか、と。まあ、それだけおまえが可愛らしかったからだが」

 

「……っ」

 

そう言われても、リシルには返す言葉がない。ただ、首まで赤く染めて押し黙るだけだ。

 

「諦めようと思ってもできずに、側に置こうと思ったんだが……。悩んだ時間が長かったのか、そう決めた時には、おまえはもうファビウス家に引き取られた後だった。あの時は、地団駄踏んで悔しがったなあ」

 

自分の知らないところで、そんなことがあったなんて……。

 

アレジアとアルヴァーの話は、驚くより他ない。そして、そこまで思われていたことが、じわじわと実感できて、リシルの胸に嬉しさが湧いてくる。嬉しすぎて、涙が出そうなくらいに。

 

「諦めきれずに、アレジア嬢に手紙を送りまくった。まずは彼女と信頼関係を作って、いずれはおまえを手元に引き受けようと思って、機会を待っていたんだ。……俺もずいぶんと気が長い」

 

苦笑するアルヴァーの胸から顔を上げられないまま、リシルが頷くと、「聞いたのか?」と問われる。

 

「はい。わたしがアヴァロン城へいくことになったいきさつも、アレジアからすべて……」

 

「……そう、か」

 

観念したかのように、アルヴァーは大きな息を吐いた。

 

「……怒ったか?」

 

「……はい」

 

意外な返事に息を飲むアルヴァーに、リシルは頬を緩める。

 

「知らされていなかったことに、です。知っていれば、最初にお礼が言えたのに」

 

「……すまない。初対面の時は、まっさらな気持ちで向き合って欲しいと思ったからだ。先入観なしで俺を見て欲しい、なんて俺のわがままだが」

 

そうだ。

 

なにも知らないままでも、自分はアルに恋をした。

 

知っていたら、もっと好きになったかもしれないが、今でも抑えきれないくらいの想いを持て余している感じだ。

 

だから、あの出会いでよかったのかもしれない。

 

「許してくれるか?」という問いに、「もう怒ってはいません」と答えるやりとりがくすぐったい。

 

「でも、お礼は言いたいです。ありがとうございました。私の命を救ってくださって……」

 

しんみりとお礼の言葉を贈ると、頭上から頭を掻いて照れた気配がした。

 

「アレジア譲からの手紙に、おまえが倒れたとあって、生きた心地もしなかったぞ。あの時は、薬草の研究をしていて、心底良かったと思ったな」

 

「……そういえば、なぜそんなに薬草に詳しいのですか?」

 

アヴァロン城での薬草の栽培は、アルヴァーが始めたことで、まだ十数年と歴史が浅い。ガーシュイン国の新たな産業として、最近認知され始めたくらいだ。それなのに、アルヴァーの知識はアヴァロン城の誰よりも幅広く、尊敬するほどに奥深いと感じていた。

 

「ああ、もともと庭師の後をくっついて歩くような子供だったから、母に似て植物が好きだったんだろうな。ガーシュインの荒野に固有種が多いと知って、学者に頼みこんで採取に同行したり、栽培の真似事もしていた。本格的に始めたのは、……俺が十九の頃だな」

 

語尾が沈んだ声になった。なんだろうと思う間もなく、アルヴァーは続きを語る。

 

「おまえが病に罹る前の年に、同じ病がガーシュインに蔓延した。その時、俺の弟がその病に倒れたんだ」

 

「……っ!」

 

今度はリシルが息を飲む番だった。

 

自分と同じ病に、アルの弟が倒れた、なんて。それが、さっきアルが言った「転機」なのだろう。

 

「医者がさじを投げるのを横目に、俺は必死になって病を治す薬草を探した。古い文献をひっくり返したり、崖を登ったりしてな」

 

今思うと無鉄砲だったな、と笑うアルヴァーの服をぎゅっと握り締めて、リシルは目をつぶった。

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