荒野の果てに嫁ぐもの

荒野の果てに嫁ぐもの 第35話 祝福された結婚

荒野の果てに嫁ぐもの 第35話 祝福された結婚

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自分の頭上を越える視線を辿って振り向くと、アレジアの家の方から歩いてくるディータの姿が見えた。朝食の用意ができた、と言っているようだ。

 

「ったく、あいつはどこまで邪魔をすれば気が済むんだ」

 

苦々しくぼやくアルヴァーの横で、もしかしてキスをしていたところを見られたかもしれない、とリシルは顔を赤らめた。その頬にかすめるようにキスをすると、「続きは、城でな」とアルヴァーは極上の笑みを浮かべる。

 

その笑顔にきゅうっと胸が高鳴るとともに、なにをされるのかわからず、ほんの少し怖くなるリシルだった。

 

 

 

 

 

「どうしておまえが一緒に乗るんだ」

 

「お二人きりでは、リシル様が心細いと思いまして」

 

こんな会話が幾度繰り返されただろう。不機嫌なアルヴァーと、澄ました顔のディータとともに馬車に揺られること三日。

 

三日目の昼過ぎにアヴァロン城に着くと、そこは祝賀ムード一色に染まっていた。ディータが先に知らせていたのか、馬車を降りた途端、アルヴァーとリシルは人垣に囲まれ、あれよあれよという間に別々な部屋に連れて行かれる。そこで白い長衣を着せられ、身だしなみを整えられると、すぐに城の中庭で結婚式が始まった。

 

派手な設えはないものの、ハーブをふんだんに使った御馳走が並び、色とりどりの花が至るところに飾られ、中庭は手作り感の溢れる居心地の良い空間となっていた。

 

祭壇に上がる二人を見守る住民たちの目も喜びで輝いている。準備の目まぐるしさに目を回しながらも、住民の温かい歓迎を感じて、リシルは戻ってこられて本当に良かった、ここが自分の戻る場所なのだ、という実感と嬉しさに胸を熱くした。

 

二人が壇上に上がると、あちらこちらから口笛や拍手、お祝いの言葉などが投げかけられる。アルヴァーが片手を上げて周りのざわめきを静めると、祭壇の上でリシルと向き合った。

 

「おまえを生涯の伴侶とし、死が二人を別つまで、共に生きることを誓う」

 

そう誓いの言葉を宣言するアルヴァーに、リシルは俯いた。胸が震えて、目頭が熱くなる。だが、細い顎を捉えられ、不意打ちのような口づけを受けると、驚きで涙は引っこんでしまった。

 

「ア、アル…っ」

 

「誓いのキスだ」

 

悪びれずに笑うアルヴァーを、赤くなったリシルが睨む。そんな仕草も可愛い、とアルヴァーは嫌がるリシルを抱き締めて、宴の開始を告げた。

 

途端に乾杯の杯を合わせる音や、料理を取り分ける女性たちの声で賑やかな宴が始まった。リシルはアルヴァーに手を引かれ、二人のために用意された椅子に腰掛け、次々に声をかけてくる住民に応じる。美味しそうな料理や飲み物を手にする間もないくらいだったが、リシルの心は満たされていた。

 

これからずっと、アルのそばにいられる。

 

時々、隣にいるアルヴァーと視線と笑みを交わすのが、これ以上もない至福の時だった。

 

 

 

わずかに残っていた陽の光もすっかり消え、月明かりが煌々と城を浮き上がらせる頃。

 

まだ終わりそうにない宴を横目に、リシルは一人で北の塔へと向かっていた。ディータの言ったとおり、この宴は明日の朝まで続きそうだ。ところどころからもれる灯りからは、人々の陽気な声や楽器の音が聴こえてくる。

 

主役の二人がとうに姿を消していることなど、問題ではないのだろう。

 

リシルはディータに促されるまま宴を中座し、言われるままに初夜の準備をし終えて、アルヴァーの元へと急いでいた。

 

薄い胸は緊張で高鳴り、足は震えてなにもないところでつまづきそうになる。よろめいたところを壁に寄りかかり、ふうっと一息大きく息を吐いた。

 

準備に時間がかかって、約束の時間よりかなり遅れてしまっている。アルヴァーは待ちくたびれているかもしれないが、リシルは少し落ち着きたくて、壁にもたれて白い寝巻きの胸に手を当てた。

 

心臓がばくばくと激しく打って、息が詰まりそうだ。

 

早く行かなければ、と思う反面、なにをされるのだろうという不安で足が竦む。

 

ディータの言うとおりに準備をしたのだが、それがなにを意味するのかよくわからず、それもリシルの不安を煽っていた。

 

「アルヴァー様にお任せすればいいのですよ」とディーは言っていたけれど……。

 

湯浴みでほてっていた身体は、夜気で少しずつ冷えてきていたが、リシルの頬の赤みはなかなか引かない。その頬を手の甲で撫で、何度目かの深呼吸をした時、だった。

 

「気分が悪いのか?」

 

暗闇からかけられた声に、ぎょっとして目を向けると、そこにアルヴァーの姿があった。リシルと同じ白い寝巻き姿が、薄明かりにぼんやりと浮かんでいる。

 

自分もだが、この場に似つかわしくない格好に違和感を抱くとともに、その身から滲み出る男の色気のようなものを感じてドキリとした。

 

「大丈夫、です」

 

「そうか」

 

安心したようにアルヴァーが微笑むのに、リシルもぎこちなく微笑み返す。

 

「なかなか来ないから、待ちきれずに迎えにきたぞ」

 

そう言って近づいてくるアルヴァーに、気圧されるようにリシルは顎を引く。

 

まとめられていない漆黒の髪が、蒼い月明かりに映えて、その美丈夫ぶりにぼんやりと見蕩れてしまう。

 

「昼間は食事をする暇もなかっただろう? 俺も腹ペコだ」

 

「えっ?」

 

驚く間もなく、膝裏をすくわれて、抱き上げられる。

 

「ア、 アル!?」

 

こうして抱き上げられるのは三度目だが、何度されても慣れるものではなく、気恥ずかしさに居たたまれなくなる。下ろしてほしいと言っても、アルヴァーは笑って取り合わず、ずんずんと歩を進めるばかりだ。

 

「冷めてしまう前に食べてしまいたいからな。どっちも」

 

そう言って笑うアルヴァーに、リシルの背にぞくりと甘い疼きが走った。

 

……どっちも、って?

 

アルヴァーの部屋で過ごす初めての夜に、リシルはときめきと恐れの両方を感じていた。

 

 

 

誰とも会わずに連れてこられたアルヴァーの部屋には、テーブルに食事の用意がしてあった。壊れ物を扱うかのように椅子に下ろされたリシルだが、緊張ですっかり食欲も失せている。目の前に並べられたご馳走をぼんやりと見ていると、手前にコトリとティーカップが置かれた。

 

目線を上げると、アルヴァーが穏やかな笑みを浮かべている。

 

「ディーがブレンドした紅茶だそうだ。俺も味見をしてみたが、砂糖を入れなくても甘いな」

 

「…不思議な香りですね」

 

覚えのない甘い香りに気を引かれて、カップに口をつけてみた。ふわりと鼻を抜ける香りに、ほっと一息吐く。

 

二口、三口とカップを口に運ぶと、だんだんと肩の力が抜けてきて、身体がゆったりと緩んでくるのを感じた。どうやら緊張をほぐす成分が入っているらしい。

 

「気に入ったようだな」

 

ふんわりと微笑んだリシルを、向かいに座ったアルヴァーが眩しそうに見つめる。ふわふわと身体が浮くような気持ちよさに酔っていると、不意にリシルのお腹がくぅと音を立てた。

 

「あ…」

 

恥ずかしさにリシルが頬を染めると、アルヴァーが笑いながらフォークを手に取った。

 

「温かいうちに食べた方が旨そうだ。食べよう」

 

「そう、ですね」

 

食事を促すアルヴァーに頷いて、リシルもスプーンに手を伸ばしたのだった。

 

 

 

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