荒野の果てに嫁ぐもの 第4話 失態

荒野の果てに嫁ぐもの 第4話 失態

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ゆらゆらと身体の揺れている感覚が、ふわりと雲の上に寝転んだような感触に変わった。柔らかいなにかで髪を撫でられて、リシルの顔に笑みが浮かぶ。

 

ああ、気持ち良いな……。

 

それがなにか確かめたくて、ゆっくりとまぶたを開くと、薄い布の天蓋を背景に自分を見下ろしているアルヴァーの優しげな笑みが見えた。触れていたのは彼が持つタオルで、リシルの濡れた髪を丹念に拭いてくれていたようだ。

 

「…アルヴァー、様?」

 

「風呂の中で寝るなんて、溺れるつもりか?」

 

からかう口調も甘く、髪から顔、首に移る手を休めないアルヴァーの傍らに、ディータも控えている。

 

「お疲れが出たのでしょう。緊張もされていたようですから」

 

「湯に沈む前に見つけられて良かったな。これからは、長風呂には気をつけておいてくれ」

 

「はい」

 

にっこりと微笑むディータを見て、目の前のアルヴァーに視線を戻した。その途端、リシルの目がこれ以上もなく見開かれる。

 

「アッ、アルヴァー様!?」

 

「なんだ?」

 

飛び起きたリシルだが、急に身体を動かした反動で、左足に痛みが走った。その痛みに眉をしかめつつ、それどころじゃない!とベッドの上で身を丸くして後ずさる。その身に何も着けていないのにはっと気づくと、敷いていた掛け布を巻きつけ、自分の身体を覆い隠した。

 

が、それに何の意味があるというのだろう。確実に自分の身体は見られていたというのに。

 

そう、男性であるこの身体を。

 

「……っ」

 

リシルは自分の犯した失態に青くなった。

 

こうもあっさりとバレてしまうなんて!

 

恐々と首を回して窓を見ると、まだ日は高く、室内も明るい。湯浴みを始めてから、そう時間も経っていないのだろう。リシルが望んだ日没までは、だいぶん時間がある。

 

それなのに…… 。

 

自分が男で、アレジア様ではないことがバレてしまった…… 。

 

リシルはその身を抱いて、小さく縮こまった。心臓が早鐘のように打ち、冷や汗がどっと出てくる。頭の中が混乱して、青ざめた顔を上げることもできない。

 

ど、どうすればいいんだろう…。 これじゃ、ごまかしようがない。

 

縁談の相手が別人だと知って、アルヴァー様はどうするだろうか。

 

アレジア様の行方を詰問されるのだろうか。

 

自分はどうなってもいいが、アレジア様が罰を受けるようなことにでもなったら…… 。

 

バートラムや協力した侍女もタダでは済まないかも…… 。

 

リシルの頭に、悪い考えが浮かんでは消える。だが、こうなっては、もはや弁解の余地もない。

 

我が身が招いた最悪の結果に唇をきつく噛みしめると、リシルは心を決めた。

 

自分の命を捨てる覚悟を。

 

 

 

「早く身体を拭かないと、風邪をひくぞ」

 

掛けられたアルヴァーの言葉に、びくん!と過剰なまでにリシルの肩が揺れた。

 

視線を感じて恐る恐る顔を上げると、口の端を上げてこちらを見ているアルヴァーと目が合った。その表情に怒りはなく、どちらかというと楽しんでいる感じがする。

 

傍らのディータも穏やかに微笑んでいて、リシルは違和感を覚えた。

 

謀られたというのに、この二人の反応はどうだろう? 本当なら、怒って自分を罵倒してもおかしくない状況なのに。

 

二人が何を考えているのかが、まったくわからない。

 

そんなところが、リシルの恐怖を一層深くする。疑問が頭に渦巻く中、無言で対峙する時間は、実際よりひどく長く感じられた。

 

アレジア様のことは、絶対に話さないから。

 

何を言われるのか、どう処分されるのか見当もつかないが、何を訊かれても一切しゃべらないことを決め、リシルは相手の出方を待った。その目は本人の自覚なしに、自然と睨みつけるように険しくなる。

 

対するアルヴァーは、余裕綽々の様子だ。着替えたらしいクリーム色の長衣は、腕まくりをしている袖から胸のあたりまで濡れていたが、気にする様子もなくゆったりとベッドに長い足を投げて座っている。片膝を立てて肘を載せ、頬杖をついている姿は、絵になるほどの見目良い男っぷりだ。

 

長めの前髪から覗く深みのある黒い瞳に見られていると、喉が詰まるような息苦しさを感じるリシルだった。

 

「そんなに睨まなくても、取って食いやしない」

 

苦笑いで口を開いたのは、アルヴァーだ。だが、その落ち着きぶりが却って恐い。

 

今回の計画のどこまでを察しているのか。

 

リシルは探るように、じっとアルヴァーに視線を合わせていた。

 

「アレジア嬢は、よほどこの縁談が気に食わなかったようだな。男を身代りにするくらいに」

 

「……っ」

 

身代りを言い出したのは自分で、アレジア様が悪く言われるのは心外だ、と思ったが、敢えてリシルは黙秘を決めた。何も言わないのが得策だと思ったからだ。

 

リシルは唇をぐっと噛み締めると、相手の次の言葉を待った。

 

当のアルヴァーは、目を細めて眩しいものでも見るような表情で、リシルの顔を見つめている。

 

「男というのは、抱き上げた時にわかった。ドレスでごまかしても、女とは明らかに骨格がちがうからな。抱き心地は良かったが」

 

「…っ 」

 

その言葉に、かーっとリシルの顔が熱くなった。

 

初対面で既に男だとバレていた上に、抱き心地が良い、なんてからかわれるなんて。馬鹿にされるほどの陳腐なことだったのか。

 

計画は、この男に会った時から失敗だったのだ。

 

……すみません、アレジア様。こんなに早くつまづいてしまって…… 。

 

役に立てなかったことを心の中で詫び、また少しリシルは後ろに下がった。そこはもうベッドの端で、それ以上二人から離れるにはベッドから下りるしかない。ちらりと目をやると、その先は毛足の長い絨毯とテーブルと椅子、その向こうにベランダ付きの窓があった。

 

……アレジア様の居場所を問い詰められるくらいなら!

 

リシルは痛くない右足をするりとベッドから下ろすと、それを軸にゆっくりと立ち上がった。身体に巻きつけた掛け布を、足さばきが良くなるようにたぐり上げ、左足を庇いながらじりじりと後ずさる。

 

「おい」と、アルヴァーが腰を浮かすのを見て、リシルはくるりと後ろを向き、窓に向かって駆け出した。

 

…つもりだったが、やはり左足の痛みが酷くて、引きずって数歩進むのがやっとだ。そんな状態で歩幅の広いアルヴァーを振り切れるはずもなく、リシルはあっという間にその腕に取りこまれてしまう。

 

「はっ、放して下さい!」

 

「放したらどうするつもりだ? そこから身でも投げるつもりか!?」

 

「あなたには関係ないでしょう! 見ず知らずの私がどうなろうとっ」

 

「関係ない?」

 

ぐっと力の入った拘束に、リシルが身じろぎもできずに呻くと、その顎をつかんだアルヴァーが射抜くような視線を絡めてきた。その漆黒の瞳に宿る厳しさに、瞬時にリシルの抵抗する力が萎える。

 

「ここは俺の城だ。誰であろうと、ここで血を流すことは許さない。もちろん自ら命を絶つなんて、馬鹿な行為もだ!」

 

「…!」

 

張りのある声に一喝され、恐怖とともにリシルの身体から力が抜けた。アルヴァーのたくましい腕の中で、へたりと身体が崩れそうになる。それでも立っていられるのは、その腕がしっかりと抱きとめているからだった。

 

「アルヴァー様、そのような物言いだと、怖がられてしまいます。可哀想に、震えていらっしゃるではありませんか」

 

顔をしかめてたしなめるディータに、アルヴァーが腕の力を緩め、リシルの顔を覗きこむ。青白いのを見て取ると、参ったな、という表情を作り、ひょいとリシルを抱き上げた。身を翻してベッドに戻ると、壊れ物を置くようにその細い身体を横たえ、「恐がるな」と言いながら、再び優しく髪を拭い始める。

 

その間、無言のリシルはされるがままになっていた。恐がるなと言われても、この状況では無理な話で、かすかな身体の震えが止まらない。

 

肩を軽くすくめたディータが、ベッドのそばに膝をつき、リシルの目線に自らの視線を合わせた。

 

「すみません。怒鳴られて恐かったでしょう。でも、アルヴァー様のおっしゃることももっともなことなのです。ここは、『無血の城』もしくは『穢れなき都』と呼ばれているところなので」

 

……無血の城?

 

言い諭すようなディータの口調に惹かれて、そちらに目だけを向けたリシルに、ディータはにっこりと頷いてみせた。リシルを落ち着かせようと語る言葉は、穏やかで耳に滑るように入ってくる。

 

「ここは、『始まりの地』とも言われていまして、我がガーシュイン国の建国の地という伝説が残っているのです。今の首都は東の地にありますが、ここは昔ながらの古い城の形で残されています。また、過去に紛争もなく、平和な都として語り継がれる場所なのです」

 

…そうか、だから『無血の城』なんだ……。

 

いたわるようなアルヴァーの手つきに、だんだんとほぐれてきた頭で、リシルはぼんやりと理解した。

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