荒野の果てに嫁ぐもの 第7話 忘れていた想い

荒野の果てに嫁ぐもの 第7話 忘れていた想い

荒野の果てに嫁ぐもの 第7話 忘れていた想い

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「赤くなって、おまえは本当に可愛いな」

 

ベッドについた片腕に体重を乗せ、腰を浮かせたアルヴァーがリシルの方へと近づく。大きな影に迫られ、リシルは恐怖に顔を引きつらせた。

 

もうこれ以上は、後ろに下がれないところまで追い詰められている。伸ばされた右手が熱くなった頬に触れると、リシルはぎゅっとまぶたを閉じた。

 

「そんなに怯えられると、萎えるな」

 

溜め息まじりの声に目を開けると、苦笑するアルヴァーの顔が間近にあった。

 

「無理強いはしない。身体だけ手に入れても、俺の望むところじゃないからな」

 

「………」

 

頬を撫でるだけのその手に、リシルは強張っていた肩の力を抜いた。慈しむようなアルヴァーの瞳に嘘はない。当面、貞操の危機はないらしいと知って、内心ほっとしたリシルだが、ただ撫でられているだけの頬からぞくぞくとした感覚が湧いてきて、それが妙な心地だった。

 

「そうあからさまに安心されるのも癪だが」

 

「え…っ?」

 

再び顔を上げると、掠めるように唇になにかが触れて離れた。それがアルヴァーの唇だと気づいて、慌てて手の甲で唇を覆う。

 

キ、キスされた!?

 

まさか無理強いはしないと言ったすぐそばから、仕掛けてくるなんて。

 

してやったり顔のアルヴァーが、憎らしい。油断していたところに付け入るなんてずるいと思う。この場合は油断させて、と言った方がいいのか。

 

リシルは相手の狡賢さに翻弄される自分が悔しくて、涙目でアルヴァーを睨みつけた。

 

「このくらいはいいだろう?」

 

悪びれる様子のないアルヴァーに、良い悪いの問題じゃない、とリシルは思った。自分は、この状況さえ受け入れられていないのに。このままでは、されるがままで相手の調子に流されてしまいそうだ。

 

どうにかしないと … 。

 

そこでリシルは気がついた。原因は自分がちゃんと断っていないからだ、と。意思表示をしっかりすれば、相手の気持ちも変わるかもしれない。

 

そんな期待をこめて、リシルは、「わ、わたしは、貴方の花嫁になるとはっ」と、承諾していない旨を言おうとしたが、相手の瞳に剣呑な光が差したのを見て、続きを呑み込んだ。

 

おいそれと拒めない冷たい空気が漂う。目まぐるしく変わる相手の態度に、リシルはついていけない。

 

「断る気、じゃないだろうな?」

 

無意識にゆるゆると首を振ったリシルに、は〜っとアルヴァーが息を吐いた。浮かしていた腰をどっかりと落ち着ける。ついとこちらに向けた瞳は、恐ろしく真摯で目が逸らせない。

 

「この城の住民は、俺が花嫁を迎えることを知って喜んでいる。俺はそれに水を差したくないし、この縁談を蹴るつもりもない。だから、おまえには是が非でも花嫁になってもらう」

 

その言葉には、リシルが異議を申し立てる隙はなかった。頑として揺るがない強い意志が垣間見えて。

 

「もし、おまえが拒んだり、逃げようとしたりしたら…」

 

リシルの喉がこくりと鳴る。

 

「逃げ出したお嬢さんを捜し出して、無理やり花嫁にするしかないな」

 

アルヴァーの言葉に、リシルは目を見開いた。

 

「! それは…っ」

 

やめてほしい。というより、絶対阻止しなければ。そうでないと、自分がここにいる意味がない。

 

「それだけは、やめてください。お願いします!」

 

ベッドに手をついて懇願するリシルに、口元をほころばせたアルヴァーの顔は見えない。

 

「それならば、おまえが花嫁になるしかないな?」

 

「…っ」

 

苦悩するリシルも可愛い、とアルヴァーの表情は語っているのだが、そんなことに気づく余裕はリシルにはない。アルヴァーの脅しともとれる条件に、唇をきゅっと噛みしめる。決まりきった答えを口にするのに、胸中でかなり葛藤をしているようだ。

 

しかし、それも時間の問題だった。

 

「……わかりました」

 

リシルが搾り出すように承諾の言葉を述べると、アルヴァーは満足げに頷いた。

 

「そうか、それは良かった」

 

「………」

 

満面の笑みを浮かべるアルヴァーを、リシルは恨めしげに見上げる。こんな無茶な要求を突きつけて、なにを考えているのかさっぱりわからない。それに、ここでのこれからの暮らしを考えると、どんよりと憂鬱になる。

 

いつかはバレると読んでの身代りが、まさかそのまま花嫁として振舞わなければならないなんて…。

 

大きな誤算に、ほとほと困り果てるリシルとはうらはらに、「さっきのようなバカな真似をしても、同じだからな」と上機嫌のアルヴァーが釘を刺す。それにもリシルは力なく頷いた。

 

自分だって正直いって命は惜しい。自分がここにいることで、アレジアに危害が及ばないのなら、やはり生きていく道を選択せざるを得ない。そう自分を納得させようとするのだが、理性ではそう考えても、感情ではなかなか受け入れ難いものだ。

 

男の自分が花嫁だなんて…。

 

いったいそれがいつまで続くのだろう。相手が飽きるまでか、もしかして、一生?

 

俯いていたリシルの頬に、再びアルヴァーの大きな手が伸ばされて、びくっと震える。

 

「そう恐がるな。悪いようにはしない」

 

「…でも…」

 

不安げに瞳を揺らせるリシルをなだめるように、その形のいい頭をアルヴァーの手が撫でる。男らしい骨ばった指が髪をすいていく感触。その気持ちよさに、リシルはふ…っと酔いそうになる。

 

もしも父親や兄がいたら、こんな風に撫でてくれたのだろうか。

 

物心ついてから一人だったリシルには、そのような記憶はない。年上の男に与えられる初めての心地よさに、ふと見知らぬ家族への思慕が湧いてくる。

 

アルヴァーが兄だったらどうだろう。それなら、この優しい手も受け入れられる気がするのに。

 

「家族ならいいのに…」

 

そんな感情が溢れてきて、リシルは驚いた。昔孤児院にいた時には、家族が欲しい、と切実に願っていた。だが、ファビウス家に引き取られてからは満たされていて、そんな感情も薄れていたのに。

 

ファビウス家ともアレジア様とも離れて、心細くなっているのかな。

 

そう思い始めると、心にぽっかり穴が開いた気がした。それを自覚して、急に心許なくなる。

 

覚悟を決めて、ここに来たはずなのに…。

 

「夫婦も家族だろう」

 

「えっ?」

 

「結婚すれば、子は作れなくても、俺と家族になれるぞ?」

 

リシルは不思議そうな目を向かいの男に向けた。知らずに望みを声に出していたことにようやく気づく。

 

この人と家族に…?

 

そうか、と頷きそうになって、慌ててううんと首を振る。そう言われて嬉しいような気持ちにはなるが、それとこれとは話が別だ。男同士な上に、見知らぬ相手なのだ。

 

「見ず知らずの者同士で、うまくいくとは思えませんが…」

 

「ああ、そうだな。そこは重要だな。お互いにお互いのことを知るための時間は充分に取ろう。知りたいことはなんでも訊いてくれ」

 

これではなにを言っても説き伏せられてしまいそうだ。深く溜息を吐くリシルだが、奇妙なことにそれほど嫌悪感がないのが困る。それがなぜなのか、わからないのだけど。

 

「俺もおまえのことをもっと知りたい」

 

熱っぽい眼差しを向けられて、リシルは息を飲んだ。今までこんな熱い眼差しで見る者はいなかった。どうして、得体の知れない自分をそういう目で見るのだろう。自分に執着されているのかも、と思うと、おこがましいと思う反面、胸が騒ぎ出す。

 

多分、そんなことはあるはずもないけど…。

 

「俺は気が長い方だ。おまえが俺を好いてくれるまで待つつもりだから」

 

甘い声で告げられて、リシルの胸はとくんと鳴った。まともにアルヴァーの顔が見られずに、居たたまれなくなる。その視線から逃れたくて身をよじると、控えめにドアがノックされた。

 

「なんだ?」

 

「お食事の用意ができましたので、ご案内致します」

 

助け舟のように現れたディータに、アルヴァーの視線が外れ、リシルはほっとする。

 

「そうか。じゃあ、行くか。っと、おまえの名はなんと言うんだ?」

 

一瞬、どう答えたものかと逡巡したリシルだが、正直に自分の名を告げることにした。多分、それで自分の正体はわかってしまうだろうけど、なぜか嘘はつきたくなかった。それから、服を着るために、もう一度自分を一人にして欲しいと、二人に頼むのだった。

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