荒野の果てに嫁ぐもの 第9話 新天地で

荒野の果てに嫁ぐもの 第9話 新天地で

荒野の果てに嫁ぐもの 第9話 新天地で

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「もう下げてよろしいですか?」

 

「はい、…すみません。残してしまって…」

 

柔らかいパン粥や熟した果物を搾ったジュース、とろとろに煮こんだスープなど、どれも美味しいものだったが、普段から小食のリシルは、熱が引いたばかりとあって数口ずつしか口にできなかった。

 

残すのを申し訳なく思っていると、「少しでも食べられてなによりです」とディータが微笑む。日も暮れる頃になって、ぐっすり眠れたこともあり、リシルは自力で起き上がれるようになっていた。

 

目を覚ました時にはアルヴァーの姿はなく、付きっきりのディータに着替えなどを手伝ってもらい、今しがたベッドの上で食事を摂ったところだ。薬を塗り直した左足の疼きも弱まり、くじいた足首も、安静にしていれば数日で治るだろう。

 

「あの…、アルヴァー様は?」

 

あれからいつまでここにいてくれたのだろうか。傍らにその姿が見えないことにがっかりして、どこに行ったのか気になっていた。

 

出かけると言っていたが、いつ戻るのだろう。お礼を言わなければ。

 

そばにいてもらって、どんなに嬉しかったか。

 

きっと言葉では言い尽くせないだろうが、感謝の気持ちを伝えたい。

 

それなのに、「今朝から都に出かけています。多分、数日は戻ってこられないでしょう」とディータに説明されて、リシルは自分でも思った以上に落胆しているのに気づいた。

 

必要以上に気負っていたのだろうか、お礼を言おうと意気ごんでいた気持ちが、しおしおと萎えてしまう。と同時に、次に会えるのが待ち遠しいと思う気持ちが生まれていた。それは、極々小さな変化だったが、自分を抑えて生きてきたリシルには身に覚えのない感情だ。

 

「来ていただいたばかりなのに、主がもてなすことができなくてすみません。代わりに、私がここをご案内するように言いつかっております。御身体の調子が良くなられたら、ぜひ参りましょう」

 

「は、はい…」

 

高貴な客人をもてなすような改まったディータの言葉遣いに、不慣れなリシルは戸惑いを覚える。今まで自分がそうしてきたことを逆にされるのは、実に奇妙な感覚だった。しかも、自分がしたことを思えば、湧き上がる罪悪感が拭えない。不釣合いな豪奢なベッドの上で、ちんまりと身を小さくする。

 

「あの … 、良くなったら、なんでもしますから…」

 

おずおずとそう言ったリシルに、ディータは不思議そうな顔をする。どうやら言いたいことが伝わっていないようだ。

 

「その…、たいしたことはできないかもしれませんが、アルヴァー様のお世話とか、お手伝いとか…。あ、ディータさんのお仕事のお手伝いもします」

 

そこまで言うと、ようやく得心した表情のディータは、笑って「いいえ」と首を振った。

 

「あなた様は、アルヴァー様の伴侶となられる方です。もう今までのような雑用などする必要はないのですよ」

 

「えっ?」

 

今までのような…って、まさかもう自分の正体がバレたのだろうか…?

 

身を強張らせたリシルをなだめるように、ディータは香りの良い紅茶を差し出して頷いた。

 

「御者にお話を伺うと、使用人が数人、途中でいなくなったそうですね。そこでアレジア様と入れ替わったのかと思いまして」

 

リシルの震える手の中で、カタカタとティーカップが音を立てた。自ら本名をバラしたのだ。当然、すぐに正体が知られるのはわかっていた。

 

それならば…。

 

「あ、あの人たちは関係ないんです! 今回のことは、わたしがすべて考えたことなので、どうか罰だけは…っ」

 

と、一緒に来た御者達を庇うと、ディータは「大丈夫ですよ」と返事をしてくれた。

 

「あの方たちには、今朝方にお帰り頂きました。もちろん、入れ替わりのことなどは話していませんので、ファビウス候には無事に令嬢を送り届けたことを報告してくれるでしょう」

 

「そ…、そうですか…」

 

ほっと胸を撫で下ろすと、陶器のカップに口をつけ、一口紅茶を含む。芳醇な香りが口の中に広がって、ふわりと強張りをほどいてくれる。これほど美味しい紅茶は口にしたことがなかった。

 

リシルはほんのりと微笑むと、さりげないディータの気配りにそっと感謝した。聡いディータのことだ。訊かずとも、御者達は今回の件に噛んでいないことがわかって、見逃してくれたのだろうと思う。正体がバレた後の処遇については最悪なことも覚悟していたが、ここまで至れり尽くせりに扱われると、それに比例してますます罪悪感が増してくる。

 

それに、男性であることは問題ないと言われたが、孤児だということが知られたらどうなるのだろう。伴侶としてふさわしくないと判断され、放り出されるのだろうか。

 

そうならば、やはりアレジア様を探し出して花嫁に、となるかもしれない。事細かに調べられ、いずれ知られてしまうことなら、先に話した方が良い気がする。

 

ディータならうまく取り計らってくれるかも、と期待しつつ、リシルは背筋を伸ばし、意を決して話し始めた。

 

「…わたしは、その…、身寄りがないのです。孤児院からファビウス家に引き取られた身なので、とてもアルヴァー様にふさわしいとは思えません。そんなわたしを伴侶に、なんて、いいのでしょうか」

 

アレジアを助けるためなら、例え人身御供でもこの身を差し出すことは厭わないが、自分の出自がアルヴァーや周囲の人にとって迷惑になるようでは心が痛む。そこは確かめておきたいところだった。

 

だが、考えこむ間もなく、「…そうですね。あの方はそういうところは頓着しないので、かまわないと思います」なんて、あっさりと言われて、拍子抜けしてしまった。

 

アルヴァー様といい、ディータさんといい、ここの人はみんな懐が深いのだろうか。

 

ずいぶんと自分に都合良い状況なので、これは夢を見ているのではないかと思うくらいだ。

 

「アルヴァー様は、あなた様のことを大変気に掛けていらっしゃいますから、心配は不要だと思います。あなた様は、堂々と主の伴侶として振舞っていれば良いのです」

 

「…はい」

 

「それに、男性だということも引け目に感じることはありません。ここの住人には、既に周知の事実となっていますから」

 

「えっ!?」

 

驚いてディータの顔をまじまじと見つめると、そこにはもう馴染みとなった笑顔があった。

 

「ここの人達は仲が良過ぎて、秘密が守れないのです。それに…」

 

知られていた方がお気持ちが楽でしょう、とディータには言われたが、女装してここに来たことが知れ渡っているのが恥ずかしい。どんな目で見られるのだろうと思うと、この部屋から出るのが怖くなる。その上、転んで無様な姿も晒してしまっているのに。

 

「ドレスと女性用の靴では、窮屈ではないですか?男性用の服をご用意するように、主からも言われておりますので、明日にでもクローゼットの中身を入れ替えたいと思っていますが」

 

「…それは、ありがたいです。お手数ばかりおかけして、すみません」

 

「いいえ、これが私の務めですからお気になさらずに。まずは、お身体を治すことが先決ですから、なんでも仰ってください」

 

「……ありがとうございます」

 

ぺこりと頭を下げ、温くなった紅茶を飲み干すと、ディータに促されるままに身体を横たえた。カーテンを閉め、明かりを灯したディータが退室すると、静かな時間が降りてくる。

 

そうだ、体調を整えることが今やるべきことだから。これ以上、ディータさんの手を煩わせないように、早く足を治そう。

 

他のことは、あまり考えないようにして … 。

 

目の前に見えた目標を胸の内で呟くと、明日に備えてリシルはゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

「綺麗ですね。違うところに来たみたいです」

 

雲ひとつない快晴の空の下、車椅子に乗ったリシルは周りの風景に感嘆の声を上げていた。

 

木製のやや大きめな車椅子に、若草色の長衣を着てちんまりと座っているリシルの顔色は、昨日に比べてずいぶんと良くなっていた。左足の腫れも半分以下に減り、痛みもさほど気にならなくなっている。

 

「確かに、外とここでは別世界に見えるでしょうね」

 

車椅子を押すディータの言葉に、リシルが頷く。その瞳は新しいものを眺める楽しさに煌めいていた。

 

実際、城壁の外の風景とは一転して、目の前にある庭の様子はまったく違う風景だ。色の乏しい荒野の風景に比べて、ここはなんと様々な色彩に溢れているのだろう。

 

土色の壁を背景に、背の高い木の緑が青々と映えている。足元には短い芝と、ところどころに花をつけた低木、そして色とりどりの草花が配してあった。ちろちろと水が落ちる小さな噴水が涼しげで、空気まで瑞々しく感じる。

 

深く肺に空気を吸いこむと、緑の生気が身体に入るようで気持ちいい。

 

その緑の多さに、モルシャルに似た空気を感じてリシルは懐かしさを感じていた。

 

「地下水が豊富にあるので、水には困りませんし、ほぼ自給自足で事足りる生活ができています。贅沢をしなければ、の話ですが」

 

「本当に小さな国みたい…ですね」

 

リシルは微笑んで、ふぅ…と息をついて車椅子の背にもたれた。朝食後に「ベッドにいるのも退屈でしょう」とディータに誘われ、こうして城内の案内をしてもらっているが、今まで見たことのない物珍しさもあって、リシルの気分は高揚していた。

 

誘いを受けた時は、住人に接触するかもしれない気まずさに二の足を踏んでいたが、実際に部屋から出てみるとそれも杞憂だった。

 

会う人会う人気さくに声をかけてくれ、あたたかい笑顔で接してくれる。その中にリシルをさげすむ視線はなく、主の伴侶として歓迎されているように感じられた。

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