大喜×結弦

大喜×結弦 Surprise

大喜×結弦 Surprise

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「ん……っ」

 

 伸びをしながらシーツの上を転がって、寝ているのが自分ひとりなのに気づいた。鴨居にかけておいた予備のスーツがハンガーだけになっているから、一夜を過ごした恋人は既に出勤したのだろう。結弦は薄目でそれを確認すると、シーツに頬をつけて残り香を探してしまう。

 

 せめて朝食くらいは作って送り出したいと思うのだが、酷使した身体は貪欲に睡眠を欲しがっていて、今までそれが叶った試しがない。相手もそれがわかっているから、眠りを邪魔しないようにそっと起きて、出て行くのだ。起きた時に寂しさは感じるけど、その気遣いは胸がほっこりとあたたかくなるくらいに嬉しい。自分で着た覚えのないパジャマ姿も、眠っている間に着せてくれたのだろう。

 

 油切れの機械人形みたいに、ギクシャクと起き上がって居間へと移り、濃紺のカーテンをシャッと開ける。眩しい光に目を細めて外を眺めると、太陽の位置は中天で、とっくに昼を過ぎているのがわかった。大喜が泊まった翌日は、だいたいこんな時間に起きるが、出勤時間を気にしなくて済むのは、在宅ワークならではだ。

 

窓をカラリと開けると、十二月にしては暖かい風がふわりと前髪を揺らした。昨夜はあんなに寒くて雪も降ったのに、打って変わったような晴天と陽気に、積もった雪もほとんど水と化していた。日陰には白い塊が残っているところもあるが、結弦のアパートのベランダは南向きで日当たりが良い。その隅には、大喜からもらった子供じみたクリスマスプレゼントがあったはず。……だった。

 

「あ……」

 

 昨夜そこに置いたはずの雪だるまの姿はない。せっかく大喜が作ってくれたから、と後で写真を撮るはずだったのに、すっかり失念していた。言い訳をすれば、そんな暇もないくらい濃密で甘い夜を過ごしていたからだけど。

 

 残念だけど、形が残るものじゃないから。

 

 そう思って窓を閉めようとして、濡れたベランダにある白いものに目がとまった。雪が溶け残っているはずもないのに、としゃがんで見てみると、濡れた布のようだ。腕を伸ばして手に取り、それがなにかわかった途端、結弦は部屋の中にとって返した。

 

 

 

 ランチタイムに寄ったカフェは、高い天井の窓ガラスが開放的で、冬の穏やかな日差しがふんだんにふりそそぐ居心地のいい空間だった。平日だというのにちらほらカップルの姿があるが、すっかり満腹になった大喜の目には微笑ましい光景に映っていた。空腹が満たされただけではなく、自分も恋人と過ごして満たされた気分に浸っているからだ。

 

 そろそろ恋人が起きる頃か、と思うと、その時が近づくのがワクワクと待ち遠しい。気づいてもらえるかは気がかりだが、つれない態度とは裏腹にけっこう気にかけていたようだから大丈夫だろう。気づかなくても、今日の帰りに寄ってみればいいだけだ。そう思いながらコーヒーカップを口にする顔は、周りの人が不審に思うくらいやにさがっている。そこに携帯がバイブで着信を知らせてきたのは、まさに絶妙なタイミングだった。

 

『た、大喜!』
「おはよう、今起きたのか?」

 

 予想通りの慌てふためいた声に、大喜は胸の内でガッツポーズをした。やっぱり気づいてくれたか、という安堵感もあって、自然と声も甘くなる。

 

『どうして、あんなところに……。無用心だろ! 僕が気づかなかったどうしたんだよ』
「気づいたからいいだろ。給料三ヶ月分はさすがに無理だけど、ボーナスが思ったより出たからさ」

 

 そう言いながら、自分の鎖骨の下あたりを、携帯を持っていない方の手で押さえた。おそろいのそれは、今朝恋人の部屋を出る前に身につけてものだ。すっかり体温に馴染んで違和感がないが、シャツ越しに触れると硬質な手触りが存在を指先に伝える。

 

『それにしても……こんな……』

 

 言葉を詰まらせる姿はどんなだろう、と思うと、そばで見られないのが残念だ。見られたとしても、シャイな恋人はポーカーフェイスで隠してみせてくれないだろうけど。なかなか素の表情を見せてくれないから、隠しカメラで見てみたい、なんて時々考えてしまうのは内緒だ。

 

「気に入らなかったら、持っておくだけでいいから」

 

 さすがに重いか、と逃げ道も用意して言うと、『そんなことはない』と即答されてほっとする。

 

『あの、ありがとう。あと、こっちはプレゼントを用意していなくて、ごめん……』
「昨夜、ご馳走になったからいいよ。……夕食も、結弦も」
『ば……っ!』

 

 絶句する恋人に、甘い声で囁く。

 

「今夜も行っていい? 夕食、なにか買っていくから」
『……夕食はいい。作るから』

 

 あまり料理は得意でないのに、そう言ってくれるのが嬉しくて、大喜は顔をほころばせた。また後で電話すると告げて通話を切ると、椅子の背にもたれて天井を見上げる。

 

 雪だるまに仕込んだのは、思いつきだった。フェルト製の巾着を雪で覆いながら、我ながらベタだな〜とは思ったけど、印象的なサプライズにはなったらしい。事務の女子社員が言っていたように、結弦のようなタイプにはベタな演出が効果的なようだ。

 

「奇跡、か」

 

 普段はそっけない態度をとりがちな恋人も、ベッドの中では素直さがひょっこりと顔をのぞかせる。昨夜も大喜の胸に頭を預けながら、ぽそぽそと寝言のような言葉を呟いていた。

 

「これが……奇跡だから……」

 

 眠りに落ちる寸前のまどろみで、掠れた声はかすかで聴き取りにくい。顔は見えないが、笑んでいるような声だった。

 

「ありがとう……」

 

 そう言って、ことんと眠りについたからだを、大喜はやんわりと抱き締めた。愛おしさでと可愛さで、ますます好きになっていくというのに、当の本人は愛されている自信がないらしい。まだまだ自分の努力が足らないかと思えば、サプライズでもなんでも矢継ぎ早にやってみるか、という気になっている。

 

 本来は気の利かない性格だと自分では思っていたが、結弦と付き合うようになって、マメさも出てきたように思う。だが、それもまだ足りていないのかもしれない。

 

 恋人になれたのは「奇跡」かもしれないが、今一緒にいるのは「当然」なんだと知ってほしい。

 

「さて、どうかな?」

 

 イニシャル入りのリングを、恋人はどうするだろうか。

 

 今夜確認するのを楽しみに思いながら、大喜は残りのコーヒーを飲み干して、席を立った。

 

 

 

 結果は、上々。添えられたチェーンの出番はなく、しばらくして大喜は結弦の新しい癖を見つけて、眉尻を下げることになる。本人には言わないで、ひとりで見て楽しむつもりだ。

 

 左手の薬指に、時々唇をあてる無意識な仕草を。

 

                                   END

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